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□薄皮は剥くタイプです
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俺は今、軽く三年ほど引きこもりでニートな幼馴染みが餓死しないようにと大量の食糧を用意していた。引きこもりなら毎日暖かい飯を部屋の前に置いておけばいいって?それは最もな意見だと思う。しかし残念ながら我が幼馴染みのレッドは、所謂変人だとか唯我独尊だとかゴーイングマイウェイだとか言う人種に属している。なので、あの馬鹿は聖なる山なんて呼ばれるような、人にもポケモンにも酷く険しいシロガネ山なんかに引きこもってくれちゃっているのだ。普通に自宅で引きこまれるのも結構な迷惑なのに、どうして雪山に引きこもる。というか、引きこもるなら引きこもるで食糧ぐらい調達出来るような場所にしとけ。まあ、それでも他の地方の山(例えばシンオウ地方のテンガン山とか)に引きこもられるより、近場の山に引きこもられた方がマシなんだろう。というわけで、俺はあられの降りしきるシロガネ山を登っていた。


「相変わらずさっみィなあ…」


そびえ立つ白い山を見上げてぼやく。毎日吹雪で荒れる山なんて登りたくもないし登ることに慣れたくもなかったが、一週間に一度という山男も真っ青な頻度で登れば誰だって慣れざるを得ないだろう。今じゃ山登りにおいて俺の右に出る者はいないはず。すっかり覚えてしまった道のりを、荷物持ちのウインディと共に黙々と歩き続ける。本当はピジョットでひとっ飛びといきたいところだが、飛行タイプにこの吹雪の中を飛ばせるなんて死に値する行為だ。俺はジムリーダーになった覚えはあるけど、鬼畜トレーナーになったつもりは全くない。


「毎度付き合わせて悪いな」
「クゥン…」


気にするなと言うように鳴く相棒に感謝して、目的地に着いたらブラッシングしてやると約束をする。暖かく柔らかな毛並みは雪にまみれていて見れたものじゃない。そうして白に覆われた斜面を何度も登り、俺達は漸くレッドがいる洞穴へとたどり着いた。毎回思うのだが、こんなところに住めるあいつの神経は確実に可笑しい。ポケギアが繋がらないことは多々あるし、
テレビやパソコンといった電化製品は使えない。何より、この極寒の地で一人きりというのが普通は堪えきれないだろう。まあ、レッドの場合は人に興味を抱くなんてことがまずないので、その辺は割と問題になっていないのかもしれないが。


「おいレッド!優しい優しい幼馴染みが、食糧持ってきてやったぞ」


外よりも幾分か暖かい洞穴に入りそう言えば、レッドがひょこりと無表情で顔を出すはずだった。だが、今日に限ってあいつはやって来ないし返事もない。もしかして餓死したのか?いや、餓えるより先に凍え死んだとか。だから一年中雪山を半袖で過ごすなんて無謀だって言ったんだ。最悪のビジョンを頭に描きながら、俺はウインディに目配せをして洞穴の奥へと走る。自分の考えを笑えない冗談だと否定出来ないから怖い。頼むからまだ生きていてくれ。


「……………ッ!」


数分もすれば、レッドが生活しているスペースにたどり着いた。いつもならここでタックルをかましてくる黄色い悪魔も、全身胃袋の轟くような腹の虫の音もない。ああ、これ確実に死んでる。間違いなく死んでる。頭の中ではさっきまでぶれていたのに、今はぴたりと確定してしまった想像に奥へと進む覚悟を決める。…やっぱり少し怖いから目を閉じておこう。寄り添うウインディの背中に手を置いて、俺は震える足を前へ出した。そして、ゆっくりとまぶたを開く。


「…………はあ?」
「遅かったねグリーン」


思わず変な声が出た。レッドは、生きていた。膝にピカチュウを乗せて、どこから運んだのかはわからないこたつに入っている。よく熟れたオレンの実が美味そうだ。そして、その視線の先にはテレビがあかあかとついていて。レッドはニュースに興味がないのか、つまらなそうにチャンネルを変えた。おじい様のポケモン川柳のコーナーって…また渋いのを見るなこいつ。なんて感心しながら、俺はゆっくりとため息を吐いた。シロガネ山って電波あるんだとか、だったらポケギア通じるだろうだとか、つか生きてるんだったら返事くらいしろよだとか、いろいろと思うところはある。あるんだけれど、目の前にある見慣れないものに突っ込まずにはいられなかった。


「そいつは一体どこから拾ってきたんだ…!」
「落ちてきたんだ」
「何から!?あ、わかったその見慣れないポケモンからだな!?」


こくり。無言で頷くレッドを叩きたくなった。まずはテレビから目を離してこっちを見ろ。俺に指差さされている青年と、その側にいるでかくて黒いポケモンが方が居心地悪そうにもぞもぞしてるじゃないか。ウインディの頭を撫でながらレッドを睨んでいると、奴は無表情に首を傾げて「座れば?」と自分の横へ視線を流した。反省しているそぶりさえないその態度に、俺はため息を吐いて手を下ろす。レッドの隣に座っている青年がなんだか可哀相になったからだ。決して寒かったからだとか足が疲れたからではない。誰だって不安げな瞳に見つめられたらそうするしかないだろう。俺は青年と向かい合うようにして、レッドの横へと腰を下ろした。やっぱこたつっていいな。かごからひとつ、オレンの実を取って剥く。


「そいつ誰?」
「えぬ」
「えっと、N…?お前はどうしてシロガネ山に来たんだ?」
「……トモダチが」
「トモダチ?」


Nというらしい青年はそう言うと口の中でもごもごと続きを話すが、小さな声な上に早口であまり聞き取れなかった。でも、トモダチが黒いポケモンだってことはわかったし、その黒いポケモンがNをここに連れてきたこともわかったので良しとしよう。しかし、カントー・ジョウト・ホウエン・シンオウ等などいろんな地方のポケモンを見た俺でも、この黒いポケモンは見たことがない。多分、外国のイッシュ辺りのポケモンに違いない。それでもって見た目はドラゴンタイプっぽいから…伝説だったりするのか?じろじろと黒いポケモンを見ていると、そいつは少し恥ずかしそうに視線を反らした。


「かわいいな、オイ。お前なんて言う名前?」
「ナンパみたいできもちわるい。僕の分のオレン剥いて」
「果てしなく文脈が繋がってねえし、誰が剥いてやるか」
「……ピカチュウ、」
「ピッカ!」
「わかったこれ食え、ピカチュウも食え」


無口無気力無表情が特性で面倒臭がりな性格の幼馴染みと、名前を呼ばれただけでバチバチと頬袋に電気を溜める黄色い悪魔の口に、大事に大事に薄皮まで剥いたオレンの実を半分ずつ押し込む。オレンひとつで命を落とすなんて嫌だ。手を使わずにもりもりと一人と一匹は実を食す。五分もかけて剥いたのに、瞬く間に消費されてしまった。なんかもう、嫌になる。ため息を吐いて黒いポケモンにオレンの実を投げて渡す。ぱくり、一口で消えても嫌な気持ちにはならない。やっぱりレッドとピカチュウにしかこの気持ちは発動しないらしい。俺はもう一度ため息を吐き、ブラシを取り出してウインディを呼んだ。相棒よ、味方はお前だけだ。


「綺麗にしてやるからな」
「わふっ!」


何度も何度も姉から叩き込まれた通りにブラシを流せば、気持ちよさそうにウインディは目を細める。可愛いなあ、なんて思いながらしばらくブラッシングしていると、熱く注がれる視線に気づいた。


「どうかしたのか?」
「君のトモダチも自分のトレーナーのことを大好きだって言うんだね」
「……まあ、ずっと一緒にいるしな」


沈黙を貫いていたNはなんだかものすごく電波のようだ。レッドとキャラ被ってるんじゃね?とか思った数分前の俺出て来て正座しろ。それからまた早口でべらべらと(君のトモダチともっと話したいとかなんとか)言って、最後にNはまっすぐと俺を見て言った。


「ゼクロムも君のこと好きだって」
「…あ、そいつゼクロムって言うの」
「僕のトモダチ…照れ屋で食べるのが好きなんだ」
「へえ、可愛いのな」


とりあえず漸く名前の判明した黒いポケモン・ゼクロムにかごの中のオレンの実を全部やっておいた。レッドとピカチュウの冷ややかな目なんて知るもんか。












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