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ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を見て、今日も懲りずによくやるなあと呆れる前に感心してしまった子猫丸は、とんとんと教科書を綺麗にまとめて鞄の中にしまう。


「せやから、そこはここのページに載っとるて言うたやろ!」
「そんな怒鳴んなくてもいいだろ!ちょっとど忘れしただけじゃん!」
「お前のはど忘れと違うて、どん忘れ言うで!」
「どん!?どんてなんだよ!」
「どん引くくらいの忘れっぷりちゅうことや!」


なんだか段々と反れていく言い争いを耳にしながら、寝ている志摩を起こす。彼は目を覚まして二、三度瞬きをすると、ああと頷き「また例のあれですかあ…?」とアンニュイそうに言った。まだまだ寝足りないのか、それとも目の前の二人のやり取りにうんざりしているのか。大きな欠伸をひとつ零して、まぶたをしょぼしょぼしている。


「ほんで、今日は一体なんで喧嘩してはるん?」
「奥村くんがね、坊に勉強を教わりたいて言わはって…」
「あ、なんとなくわかったわ。あれやろ、昨日教えたとこをなんで覚えとらんとやー!ってパターンでっしゃろ?」
「…志摩さん、実は起きてはった?」


一言一句間違えのない読みと言葉に驚いている子猫丸に、志摩は得意げな顔をしてえっへんと胸を張る。そして、視線でいがみ合っている勝呂と燐を見ながら、二人とも似てはっててようわかるからね、と朗らかに笑い声を立てた。それを聞き捨てならないと異議を唱えたのは、似ていると言われた勝呂で。よくもまあ言い合いをしながら話を聞ける、と子猫丸はその様子を見守ることにした。


「こん阿呆とどこが似とるっちゅうんや、志摩!」
「阿呆言うな!」
「うっさい、奥村は黙っとれ!」
「なんだと!」
「はいはーい、喧嘩はこの志摩に免じて止めにしたってくださいよー」
「だって勝呂が!」
「うん、そうやね奥村くん。坊が酷いんはいつものことやよ」
「おい!」


膨れっ面の燐の頭をよしよしかいぐりかいぐりと撫でる。言葉の節々に噛みついてくる勝呂も慣れているため、志摩は無視をして燐に向かって「奥村くん、ちょお子猫さんとこ行っといてぇな」と笑顔で彼を送り出す。首を傾げたものの、逆らう理由もないので燐はぽてぽてと子猫丸の元へ寄ってくる。きょとんとした表情に、昨日見た青みを帯びた瞳の黒猫を思い出して、ふっと笑みが零れた。


「こねこまる?」
「なんでもありませんよ。坊の代わりに僕が勉強教えましょうか?」
「本当か!?」


教える、の言葉にぱっと顔を輝かせる燐に笑顔で頷く。彼はいつだって自分の感情に正直だ。子猫丸にはそれが好ましく思えるし、少しだけ羨ましく感じることもある。勝呂はなかなか素直でないから、燐のそんなところが恥ずかしいのだろう。だからどう接したらいいのかイマイチわからなくて、ついつい喧嘩腰になるのだと思った。今も、志摩に何かを言いくるめられながらも、いそいそと勉強道具を出す燐を横目で見ている。気になるんだったら話しかければいいのに。


「なあ…」
「はい?ああ、すんません奥村くん…どこがわからんのですか?」
「いや、その…悪いんだけど、やっぱ勝呂に教えてもらうわ」
「坊に…?」


どこか罰が悪そうに視線を彷徨わせ、彼はごめんなと小さく謝る。自分は一向に構わなかったので、大丈夫だと笑顔で頷いてみせる。そんな子猫丸の返事にぱあっと顔を輝かせて、燐は「ありがとう!」と叫ぶとはたはたと二人の元へ走っていってしまった。嬉しそうな顔だったなあ、と思いながらその様子を見る。しかし、何故わざわざ怒られてまでも勝呂に教えてもらうのか。内心首を傾げて不思議に思っていると、勝呂が少し低い声で同じようなことを聞いているのが耳に入ってきた。燐の行動はやはり不審に思ったらしい。眉間にしわが寄ってますよ、なんて茶化す志摩が叩かれる。子猫丸は二人の会話が聞きたかったので、明らかに邪魔な彼をそっと手招いた。返ってきたのはウインクひとつだけだった。


「なんで子猫丸に教えてもらわんのや」
「そやで、子猫さんの方が優しいやん」
「だって最初に勝呂に頼んだのに、勝手に他の奴に頼むのは変だろ」
「ブフォ…!」
「志摩、黙っとれ。変やないやろ」
「でもさ、勝呂って教え方うまいじゃん」
「一日も覚えとらんくせによう言うわ」
「う…それは……」
「ちゅうか、怒鳴られながらやるん、嫌やないんか」
「全然!俺、勝呂の声好きだし、平気だ!」
「なっ、ん…」
「勝呂?どうしたー?」
「なんでもない!さっさと教科書開きぃや!」
「おう!」


そうして勉強を再開しはじめた燐と勝呂に、子猫丸ははあとため息を吐いた。痴話喧嘩か。当て馬にするのも止めてほしいと首を振ると、さもありなん、と隣に逃げてきた志摩もしみじみと頷いていた。




猫も食わない












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