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□しゅいろちょきん
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何かをもらったのも、一緒に勉強したのも、正面から怒ってくれたのも、全部ぜんぶ勝呂が初めてだった。いつもまっすぐ俺を見てくれて、面倒臭いって言うけど構ってくれて、やさしくしてくれて。人のことを言えた義理じゃないけれど、不器用なんだなあと思った。

知らなかった勝呂のことを知ったらなんだか嬉しくなって、しあわせな気持ちになった。そしたらもっと傍にいたいと思って、志摩とこねこまると三人で仲良く話しているところに邪魔するようになったら、また知らない勝呂を知ることができて。

ひとつ、勝呂のことを知るたびに嬉しくなって。ひとつ、勝呂のことを知るとしあわせな気持ちになって。気づけば、俺の中には勝呂がたくさん溢れていた。だから、初めてやさしく笑いかけてもらった日。


“こんなんもわからへんのかいな”
“ほんましゃあないなあ…ほら、貸してみい”
“奥村、ちゃんと覚えや”


いつもよりやわらかく名前を呼ばれて、額をこつんと突かれたあの日。ああ、好きだなって思った。大好きだなあって、思ったんだ。やさしくて、かっこいい勝呂。ばかでどうしようもない俺にもやさしくしてくれて、大きな野望を持っているかっこいい勝呂。

でも、だから、好きだなんて言えなかった。俺と勝呂は男同士で、魔神の炎を継ぐ息子と魔神の炎で廃れた寺の息子で、悪魔と祓魔師だった。俺が好きでも、勝呂が好きになってくれるはずがない。だから、これは俺の片想いで終わる恋だった。はじまりすら知らない、静かにしんでいく恋だった。けれど、恋ははじまりを告げた。

あの日は、梅雨入りした重たい雲が雨を降らしていた。塾が終わった教室で、俺はやっぱり勝呂に勉強を教わっていて。あんまりにも課題がわからなさすぎて、思わず眠りかけた俺を勝呂が珍しく穏やかに見ていて。

すき。ぽろりとこぼれ落ちた言葉は雨の音に消えてはくれなくて、勝呂の耳に飛び込んでいった。きっと嫌われるんだろうな、でもこうやって勉強を教えてもらえなくなるのは嫌だな。なんて、勝呂が好きなことに間違いはないから、こぼれた言葉は否定しないで俺はぼんやりと思っていた。

そんな俺を見ていた勝呂は目を見開いて、それから顔を赤くして逃げていった。否定も拒絶も、なんにも言われなかった。でも、好きだって聞いたときの顔は嫌がっていないみたいで。好き、なのだろうか。勝呂も、俺のことを好きなのかな。そうだったら、どんなにしあわせだろう。

俺の勘違いは正しいのかな。寮に帰ってからもずっと考えていた答えは、次の日照れくさそうに笑ってくれた勝呂のおかげで、大きな花丸がついた。やっぱり好きだなあ、って思った。勝呂のためなら、きっと、俺はなんだってできるって、そう思った。だから、皆の前で降魔剣を抜いたときも、ちっとも怖くなかったんだ。だけど、だけど。




「なんで…サタンの子供がッ、祓魔塾に在るんや!!!!」




みんな大丈夫かって、勝呂は無事かって聞いた瞬間に返ってきたのは、俺を否定して拒絶する言葉だった。別に、嫌われるのには慣れていた。ああやって言われることもわかっていた。だけど、俺にそう言った勝呂の目が、声が、嘘つきって言っているような気がして。自分のことを好きだって言ったのも嘘だったのかって、勝呂のまっすぐとした目が俺を貫いた。

悪魔だってわかったら、嫌われるのもひどいことを言われるのも、ぜんぶ知っていたから平気だった。だけど、勝呂が好きだって気持ちを否定された瞬間。俺は恋が片想いに変わり、しんでしまったことに気づいた。大好きなのに。奥村燐と言う人格が、勝呂を好きだと言っているのに。否定された瞬間、俺の恋は静かにしんでしまったのだ。




しゅいろちょきん




一人、明かりもついていない部屋の中でハサミを持つ。きらきらと月の光で輝く刃は、運命の糸を断ち切るには持ってこいだと思う。そして、運命だなんてばかげているな、とも思った。神さまに嫌われて、勝呂にも嫌われた俺に待つのも、また運命なのだから。

ちょきん。小指を切る。根本から、確実に。床に転がっているのは俺の小指のはずなのに、左手には指が五本。ちょきん。小指を切る。きっと、恋の首は長すぎる糸にもつれて、窒息死してしまったんだろう。切っても切ってもなくならない小指を見つめて、俺はもう一度ハサミを動かした。



朱色ちょきん

さようなら、しんでしまった俺の恋。死体がからんだ小指なんて、いらないから。












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