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□竜虎相搏ち桜に負ける
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ひょこひょこと短い手足を懸命に動かして必死について来る桜色を視界の隅に入れながら、ラクサスは重いため息を吐いた。


「らくっ、ラクサス…!待って…!」
「………早く来い」


息も絶え絶えに自分の名前を呼ぶ姿に、ほんの少しだけ良心がちくりと痛んだ気がして立ち止まってやる。視線だけ振り返れば、頬を赤らめて走ってくるナツが目に入った。


「ラクサス、歩くのはえーよ!」
「お前が小さすぎるんだろ」
「何をー!?」


きいきいと全身を使って文句を言う、身の丈が自分の半分もない小さな子供と二人きりでクエストに行く羽目になってしまったのは、実の祖父でもあるマスターのマカロフから連れていくようにと直接言われてしまったからだ。曰く、先輩としていかにクエストを熟すかを見せつけて来いとのことだったが、まだまだギルドに来て日が浅い子供が一人で仕事をするのが心配で堪らないというのが本音だろう。


「ラークーサースー?」
「…早く帰るぞ」
「おう!あ、また列車、乗るのか…?」
「当たり前だ」


マグノリアから遠く離れたこの地から、妖精の尻尾まで歩いて帰るには無謀とも言えた。柔らかな眉を寄せて顔を歪める跳ねっ返りの頭を軽く小突く。ナツは一瞬だけむっとしたように唇を尖らせたが、ラクサスを見上げると嬉しそうに破顔した。何をしたわけでもないのにこの桜色は、初めて出会った頃からやけに自分に懐いている。お陰で二人でクエストに行けと言われてしまうし、可愛いもの好きなエルザやミラジェーンにいつも睨まれるているので、ラクサスにしてみれば百害あっても一利ない。むしろ害を招きかねないと、ギルドを出発する際に噛みついてきたグレイの嫌な顔を思い出しながら、気まぐれに視界の下で揺れるつむじを叩くように撫でてみた。つんつんと重力に逆らい立っているから固いのかと思いきや、その髪色に合わせたかのように案外柔らかい。


「へへっ」


それの何が嬉しいのか、ナツはへにゃりと顔を蕩けさせてはにかんだ。素直に可愛いと思う。決して口には出さないが。集まる妬みや羨みの視線は確かに欝陶しいと感じるものの、純粋さや優しさやその他諸々によって構成されているナツ自体は別にどうもないのだ。むしろマカロフの孫という肩書きだけに反応し、色眼鏡で見て明け透けな思惑のままに接してくる連中なんかよりよっぽど好ましく感じる。今も、まっすぐな目で自分の名前を呼ぶ子供に、ラクサスはふと笑みを零した。


「なっ、なんだよ!」
「なんでもない…行くぞ」
「っうん!」


最後にとくしゃくしゃ頭を掻き混ぜてやれば、満開のひまわりのような笑顔で頷く。今度は歩幅を合わせてゆったりと歩くラクサスにぴょこぴょこと弾むようについて行くナツを見て、擦れ違う通行人から仲の良い兄弟だと思われているとは夢にも思わないだろう。身に覚えのない暖かい視線にラクサスは疑問を抱きながらも、害はなさそうなので放っておく。そうしてしばらく並んで歩いていると様々な店で賑わう中心街に入った。土産を買って帰るような者などいないのでさっさと足を進めるラクサスだったが、途中で目の端をちらついていた桜色が消えたことに気づいて足を止める。はぐれるなんて面倒なことをしてくれると舌打ちをしたが、よくよく目を懲らせば数m先にナツが立ち止まっていた。何やら熱心にショーウィンドウを覗き込んでいる。


「何やってんだ、ナツ」
「あっ、ラクサス!」
「急に立ち止まるんじゃねえよ」
「ごめん…」


流石に自分が悪いと思っているらしく、いじらしく頭を垂れて謝罪を口にするナツにどうにも調子が狂うとラクサスはため息を吐く。そして、なんともなしに同じ方向を向いてみた。ナツがかじりついていたショーウィンドウの中はおもちゃ屋のようで、ところ狭しに色鮮やかなボールやミニ魔導四輪車、可愛くデフォルメされたモンスターや星霊のぬいぐるみが飾ってある。何か欲しいものでもあるのかと店内に目を張り巡らせていると、ふと真っ赤な竜のぬいぐるみを見つけた。


「あれを見てたのか?」
「え?あ、うん…イグニールに似てるなって、思って」


ナツは少し表情を曇らせて頷いた。自分の歳すらわからないこの子供の育ての親の火竜は、ある日忽然と姿を消したと言う。大きく口を開けている可愛らしい竜のぬいぐるみに、どこか面影を見つけてしまったのだろうか。そう思って、そういえば自分もまだこのくらいの年齢のときは祖父に懐いていたと、ぼんやりと記憶を蘇らせた。


「店、入るぞ」
「えっ、ラクサス?ちょ、離せよ!」


暴れようとするナツの首根っこを掴んで、ラクサスは扉を開けて店の中へと入る。珍しく強引に事を進めるのは、寂しさをひた隠しにして毎日を笑顔で元気に駆け回るナツにほんの少しの同情と感心を抱いたからだ。まあそんな気持ちも店員の笑顔と子連れの客の微笑ましい顔を見て瞬時に萎んだのだが。最初は抵抗を見せていたナツも、店に入った途端目を輝かせてファンシーなぬいぐるみの棚に走っていった。


「かわいい…!なあ、ラクサス!」
「そうかよ…」


きらきらとうさぎのぬいぐるみを見せてくる子供に、ラクサスは曖昧に頷いてみせた。普通、男ならまずミニ魔導四輪車やプラスチックの剣に飛びつくのだろうが、ナツは違った。何故なら、ぬいぐるみなどの愛らしいものを持っているといつも少しだけ怖いエルザが優しくしてくれるので、そういった女の子が好む可愛いものに拒否感や敬遠する気持ちがないのだ。故に戸惑うことなく可愛いと口に出す。

















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