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□残像もいらない
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もしも、君が人間で、日常を生きるこどもだったら。たやすく呼吸ができる世界にいたのなら。君のかなしみはなくなるのだろうか。君がなくことはなく、ひとりぽっちでもないのだろうか。

もしも、僕らが怪物で、非日常を生きるこどもだったら。たやすく悪をころす世界にいたのなら。僕らはやさしさを持てただろうか。君を傷つけることも、擦れ違うこともなかったのだろうか。



*****



候補生認定試験も、全員が合格という形で無事に終わった。一人前の祓魔師になったわけではないにしろ簡単な任務には就けるようになったので、志摩は何度かくり返して地から離れようとする足を叱咤して前を行く奥村雪男の後を追う。自分達と同い年なのにも関わらず、十四という年齢で祓魔師となった彼の背中は堂々としていて、やはり悪魔と接してきた歴が違うのだと見せつけられた気がした。


「皆さん、今日はお疲れさまです。初めての小鬼討伐はどうでしたか?」
「むちゃむちゃしんどかったです!」
「志摩さんは特になんもしたはらんでしょ」


笑顔で尋ねられた言葉に元気よく答えれば、子猫丸の鋭い指摘が突き刺さった。確かに、任務時を思い返してみても出雲の使い魔や勝呂と子猫丸の詠唱、そしてとり零した小鬼にフォローとして撃たれる雪男の弾丸ばかりが悪魔を灰にしていたような気がする。


「いやいや、お二人が詠唱となえてはるとき錫杖で頑張ってましたやん俺」
「んなもん悪魔でもないただの虫にビビって騒いどったんで帳消しや」
「ほんなあ!殺生やで坊!子猫さんもなんか言ったってよ!」
「坊の言わはる通りですね」

「…馬鹿みたい」
「ああ…?」
「子供じゃないんだから、任務が終わったくらいで騒がないでくれる?恥ずかしいわ」
「なんやて神木…もっぺん言うてみぃや」


お里言葉でじゃれ合う三人を欝陶しいと眉を寄せる出雲の、いささか棘の目立つ言葉が癪に障ったのか勝呂が苛立たしげにそう言い返す。すると、嘲笑とともに「このくらい一回で聞き取りなさいよ、」というどこまでも人を逆撫でするような言葉が返ってきた。我慢ならないと睨みを更に増した顔で一歩、出雲に近づこうとすれば雪男の制止の声が二人の間に割って入る。


「二人とも落ち着いてください」
「……すいません」
「すんません、でした」


苦笑が混じった声だったけれど、レンズの奥にある青を帯びた翡翠色が真剣だったので謝罪を述べる。それでも表情までは作れなくて、二人とも酷く嫌そうだったのだが。ちょっとした険悪な空気が流れる。困ったような顔の志摩と居心地が悪そうな子猫丸に、雪男は仕方なく「この辺で解散しましょうか、」とため息を吐いた。教師という立場上、現地解散なんて本当はしたくないのだが、同い年としてはこのままの空気でしばらくある帰り道を歩くのは気が乗らない。常日頃チームワークが大切なのだと口を酸っぱくして言っているつもりなのだが、なかなかどうして伝わることはないようだ。


「皆さん、寮に戻ったらゆっくり休んでくださいね」


疎らに返ってくる返事を聞きながら、雪男もまた寮に帰ろうと身体の向きを変える。小鬼退治などたいした任務ではなかったのだが、自分は前に出ず実践経験のない同年齢の生徒達に危険がないように行動するなんてことは初めてだったため、思った以上に神経を使って頭の芯が鈍く痛んだ。目頭を指で抑えて痛みをごまかす。そんな雪男の様子が目について、志摩は思わずへらへらと笑いながら声をかけた。先生と言えど、彼だって一応同級生である。話しかけたってなんの問題もないだろう。


「せんせ、今日はお疲れさんどす」
「志摩くんもお疲れさまです」


にこりと笑顔で避わされてしまった。これは手強いなあと志摩は頬を一掻き。入学してからもう数ヶ月は経っているというのに、未だに彼の本音を聞けた試しがない気がする。面倒な人付き合いはごめんだが、好奇心や興味には勝てなかった。これは一度帰りをともにしないか誘うべきだろうと、後ろで待っている二人に許可も取らずに志摩は少し間延びした口調で雪男に話しかける。


「先生、一緒に帰りませんかあ?」
「え…?あ、いや。お言葉は嬉しいのですが、寄るところがありまして…」
「えええ、ほんなつれんこと言わはらんと帰りましょうよー」
「ええと…」
「迷惑かけんとさっさ来いや阿呆!」


少し困った表情を見て勝呂が慌てて幼馴染の襟首を掴んだ。彼のような真面目な性格の人間には、性格も見た目も軽くてちゃらちゃらした志摩は苦手な部類だろうと思ってのことである。まだ戸惑いを抱いたような雪男にぺこりと一礼して、子猫丸の元へ引きずって戻る。寮に帰りながら説教のひとつでもしてやろうと、離してくれという声は聞こえないふりをして足を進めたそのとき。


「あれ、雪男…?」


聞き覚えのない声が雪男を呼び捨てにしたのが聞こえて、思わず皆は振り返ってしまった。随分と親しげな色を宿している少年の声だ。首根っこを掴まれたままの志摩だったが、長身の彼の隣に走り寄る姿はよく見えた。黒髪の、自分と同じくらいの背格好の少年だ。私服姿だがおそらくは同年齢だろう。活発な人懐っこい笑顔は同性でも可愛らしく感じるがしかし、雪男との関係性は全く見えなかった。一体誰だろうか。その場にいる全員が抱いた疑問は、僅かに平生を失った雪男によって解決された。


「一体どうしたの、学校は?」
「今日は創立記念日なんだ…お前は?なんか親父みたいな格好してるけど」
「…ミサがあったんだよ」
「へー。正十字学園ってカトリック系だったっけ?」
「兄さん、受験前にパンフレット見てないでしょ」


呆れたような雪男の言葉に、少年が乾いた笑いを漏らした。その様子を見て仲が良いなあと思う前に、志摩は思わず絶叫した。


「兄さん!?え、兄弟ですのん!?」
「ちょ、志摩さん…!」

















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