版権2

□お兄ちゃんと。
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志摩燐新婚さん企画サイト『おふろでごはん。』提出。





今日も結構な早朝から働いて、空から赤い色がなくなる時間帯に帰る。手も足もそこらに落ちている棒きれみたいで歩くだけでも鈍く痛むもんだから、ああしんどいなあって感じながらも一刻も早く家に帰りたくて、ひたすら一生懸命もくもくと足を動かす。

だって、今も俺の帰りをかいらしい奥さんが待ってくれているから。

そうして夜が段々と近付く中、漸くたどり着いた我が家の扉を開ければ、エプロン姿の奥村くんが笑顔で「おかえり、しま」と出迎えてくれるのだ。大好きな人が待ってくれている家に帰ることが、ただいまって目を細めて言えることがこんなにも幸せだなんて、きっと奥村くんと出会わなければ知ることが出来なかったに違いない。誇張でもお世辞でもなく、純粋にそう思う。



「ただいまあ奥村くん、ええ子にしてはった?」


「おかえりなさい、志摩くん。僕も兄さんもいい子でしたよ」



子供扱いすんなって頬を林檎色に染めて言う可愛い奥さんを想像しながら、玄関を開けたと同時の言葉に返事をしたのはきらきらと輝く笑顔が素敵な奥村先生で。今日のお出迎えは先生なんやなあとか感じる前に、思わず奥村違いやと言いかけた口を慌てて「先生も俺の帰り待ち遠しかったん?」と冗談に切り替えた。多分そんな心情をわかった上で彼も笑って頷くもんだから、相当タチが悪いおしゅうとさんがついてきたなとため息が出る。



「わざわざありがとうございます…先生、奥村くんは?」

「声が聞こえたときにちょうどお鍋を火にかけたので、代わりにお出迎えをしてくれと頼まれたんですよ」



あと、もう僕は貴方の先生じゃないです。苦笑い混じりに入れられた訂正に曖昧に笑って、二人でリビングに向かう。まだこの人を雪男くんと呼ぶ勇気は俺にはない。呼んだら呼んだでお小言とか銃弾とかいろんなものが飛んできそうな気がする。

というか先生が鍋を見ていてくれたらいいじゃないかと思う手前、前に一回そうしたらちょっとした小火騒ぎになってしまったので我慢する。なんでちゃんと見てなかったんだよ!見てたら火が出たんだよ!火を見るってのはそういう意味じゃねえよ、ばか!という兄弟喧嘩をBGMに出前を注文したことは苦い記憶だ。焼き魚だっただけに。

ぼんやりとそんなことを思っている途中、浴室からひょっこりと顔を出したクロがにゃあにゃあと言ってきたのでただいまと告げ、抱き上げる。多分、おかえりぴんく!だとか言っているんだろう。前に奥村くんに俺をなんて呼んでるか聞いたら、笑いを堪えてピンクって言われたから絶対そうだ。確かにピンクだけど、そろそろ名前を覚えてくれたっていいんじゃないかと思う。


やって一応、俺が君を養うてんのよ。俺、俗に言うこの家の大黒柱なんよ。



「おかえりーしま。手が離せなくて出迎えできなかった」

「ただいま。ええよ、気にしとらんで」



リビングに行くと、奥村くんはちょうどテーブルにお皿を並べていた。ひらひらとエプロンの端が揺れる。かわええなあ、さすが俺のお嫁さんや。なんて少しにやけていると、腕の中からクロが飛び出して奥村くんの足元に絡んだ。踏んじゃうだろーもーにゃーんにゃん残念今日は肉だ!にゃぁぁあん、みたいな会話を聞きながらコートを脱いでハンガーに吊るす。洗いにくいんだからしわになったり汚れたりしたらどうするんだよ大変なんだからなって怒られて以来、家に帰った俺の最初の仕事はコートを綺麗にハンガーにかけることになった。

ほら飯にするぞーという奥村くんの声を皮切りに、俺達はぞろぞろと食卓に着く。奥村くんの隣に俺、向かい側に先生だ。勿論クロは床に座っている。三人分のいただきますと猫又の鳴き声が重なる。朝食や昼食はともかく、夕食は必ず四人一緒に揃って食べることはもはやお約束となっていた。



「今日も美味いなあ、奥村くんの手料理」

「当たり前だろー」



俺を見て得意気に微笑む奥村くんに、先生の「ほら、ちゃんと前向く」という言葉が飛んできた。不服そうにご飯を頬張る姿もまたかいらしい。


本当は二人きりで暮らしたかったんだけど、優しい優しいお嫁さんはたった一人の身内を残していくのが心配で(彼は卵ひとつ満足に割れない人種であるらしい)、父親が大事にしていた可愛い猫又を置いていくなんて出来なくて、だから仕方なく三人と一匹で奇妙な新婚生活を送っている。最初の方こそ気まずそうに「兄さん、僕もクロも大丈夫だよ」なんて言ってくれていた奥村先生も、次第と俺に気遣うこともなくなっていって。

今では甘えん坊な弟スキルを遺憾なく発揮している。そんな一面知りたくなかった。クロもクロで毎日とは言わないけど(毎日だったらこっちが堪らない)奥村くんの布団に潜り込むし、にゃあにゃあと鳴いてはつきまとっているし。彼の膝の上はもはや定位置と化している。譲ってくれ、と心の中で歯軋りしたのは一度や二度じゃ済まされない。



「おかわりええ?」

「ん…雪男は?」

「お願いしようかな」

「いつもと同じくらいでいいのか?」

「ちょっと少なめで」



暮らし始めの頃はいつもってなんなのって言うんだろうけど、今じゃもう慣れたもので自分はいつも通りだと言えるくらいには成長しましたよ、ええ。だってもしかしたら自分の方が邪魔なんじゃないだろうかと思うくらい、奥村くんはべたべたに一人と一匹を甘やかしているし。なんだか旦那としての立場がないような気がする。元々二人と一匹で暮らしていたところに俺が入り込んで奥村くんをかっ攫ったのだから、それくらいは多目に見るべきなのかもしれない。まあ我慢はしませんけどね。お茶碗を受け取って、再び美味しい奥村くんの手料理に舌鼓を打つ。



「いやあ、こんなええ嫁さん貰えて幸せもんやな、俺」

「はいはい…早く食べろよな」



冷たいのは言葉だけで、尖った耳は真っ赤になっている。ツンデレなのは今に始まったことじゃないので俺もへこたれない。先生もこんな俺らのやり取りは慣れっこになったのか、素知らぬ顔で箸を進めている。しばらく沈黙が食卓に訪れた。が、先生が思い出したように「そういえば、」と口を開いた。



「僕、ご飯食べ終わったらクロと出かけるから」

「どこ行かはるんでっか?」

「勝呂くん達と夜通し飲むことになったんです」

「えええ!それ俺誘われてない!行きたい!つかなんでクロも!?」

「兄さんは志摩くんとお留守番。クロは神木さんが会いたいって、さ」



ご馳走さま、といつの間にか食べ終わった先生は合掌すると、これまた食べ終わったクロを抱き上げて立ち上がる。食器の片付けは頼みます、と俺に言って去っていこうとする。ごゆっくりと笑顔で手を振れば、そちらこそと小さな声で返された。

こちらの考えはお見通しと言うわけか。わかっているなら、もう少しクロと外泊する日にちを増やしたり伸ばしたりしてもらいたいとも思うが、誰だって可愛い兄が男にいいようにされる機会を与えるわけもない。取り分けブラコンと名高い先生なら尚更だろう。ほんの少しいじわるで、だけど優しいおしゅうとさんと猫を見送る。



「で…なんで膨れてはるんかな、俺の可愛いお嫁さんは」

「だって…俺も皆に会いたい…」



つんとそっぽを向いた奥村くんにあははと乾いた笑いを零し、空になった皿を重ねて流しに持っていく。カチャカチャと皿を洗いながら、椅子の間から垂れて揺れる尻尾を見つめる。確かに会いたい気持ちもわからなくはないけれど、家に二人きりというシチュエーションに少しは喜んでもらいたいと思うのは身勝手な願いだろうか。



―――本当は、先生を含めても実家暮らしをしたかった。そうすれば昼間に寂しい思いをさせずに済むのだけれど、悲しいかな明陀にもまだ青焔魔と彼を同一視して憎んでいる者はまだまだ数えるほどいて。俺や柔兄らの目の届かないとこで、冷たい視線に囁かれる悪口に殺意のこもったつぶての切っ先が、彼のやっこい肌と心を抉る。それでも坊が座主についてから改善された方なのだから、人間が抱く恨み辛みの根深さはえらく恐ろしい。しかし、傷付かないでいいように彼の祓魔師の仕事を少なくしてもらっているのに、敵意の中で奥村くんを暮らさせるなんて本末転倒もいいところ。

それに実家暮らしをすれば実兄達に構い倒されることは目に見えている。だって過剰なスキンシップだってちょっと困ったように眉を寄せて、照れたようにはにかむ奥村くんはとても可愛いのだ。うちの兄弟は皆メロメロやしね。

ほんで奥村くんも意外と面食いさんやもんなあ。イケメンに生んでくれてありがとうと母と父に感謝しながらも、頭の中にいる厄介な人物達のせいで眉間にしわが寄る。言わずもがな自分の遺伝の元手である父親に女性と子供にモテモテの次男や顔だけは無駄にいい四男、更には彼の“カッコいい奴ランキング”上位に長年座する幼馴染みだっている。心配事はまだ尽きない。まさか幼馴染みや弟の嫁を摂るはずがないとは思うのだが、会う度に頭を撫でたり肩を抱いたり高い高いをする様子は心臓に良くない。

思い出しただけでも苛々するので、兄達のことは一回頭から追い出しておこうと奥村くんに声をかける。



「そんなに俺と二人きりは嫌なん?」

「そうじゃねえよ…ばか」

「やから関西のもんにバカはあかんて」



ぎゅうっと背後から抱き締めれば、ばかだの変態だの言われたものの抵抗はされなかった。辛うじて尻尾が俺の背中をぱしぱしと打つだけである。かわええなあ、ほんまかいらしゅうて堪らんなあ。自分でもわかるくらいだらしがない顔でうなじに唇を寄せると、ぎゃあと色気のない声で叫ばれた。可愛いから許すけどな、ちょっと傷付くんやで。



「な、奥村くん」

「……なに」

「表札、ええ加減“志摩”だけにせえへん?」

「えー」



インターホンの上に貼ってある、奥村と志摩が並んだ表札。お陰で近所からは少しばかり不思議な目で見られているのだ。なあ、志摩燐って響き、ええやん。そう言ったけど奥村くんは笑って「お前が奥村になればいいだろ」って言うだけだ。

嫁がれるんじゃなく婿に入れと言っているのか。まあ俺末っ子やから家継ぐ可能性はないに等しいし、別に奥村廉造でもええねんけどね。さらさらの髪に鼻を擦り寄せれば、きゃらきゃらと声を上げて笑う奥村くんにキスをする。

今のところ、俺は奥村くんて彼を呼ぶのが気に入っているし、たどたどしく志摩て呼ばれるん好きだし、なんやかんや言っても先生とクロがおるんも嫌やない。キスやそれ以上のことをなかなかさせてくれへんのは痛いけど、こうして週二のペースで二人きりにさしてくれるんでまだ我慢出来る範囲内だ。何より奥村くんが幸せそうなのでよしとして、現状維持で手を打っておこうと思う。



「奥村くん、愛しとうよー」

「…ちゅーだけだからな」

「……ほんまかいらしいなあ」

「あっ、ごまかすな!ちょッ」




だから、二人だけになった途端いやらしく動き出す手だとか、しつこくなるキスくらいは多目に見てもらいたい。






お兄ちゃんと。

(生活機能が備わってない弟さんと、)
(ひとりぼっちが嫌いな猫又さんと、)
(それから旦那さんの俺。)

(新婚さんには家族がいっぱい!)













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