版権2

□好きが好きに変わる日
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神崎さんより。





「あ、奥村くんや」


そんな声が聞こえたので反射的に顔を上げれば、燐よりも数メートル先から志摩が手を上げていた。マンモス校さながらの膨大な敷地面積を誇るこの学園で、数少ない祓魔塾の生徒――それも志摩と会うことは“珍しい”の一言に尽きる。



【好きが好きに変わる日】



「奥村くんそこで何してはりますん?」
「あー、俺は特に」


何か理由があった訳ではなく、ただ天気が良かったのでベンチに座っているだけだ。教室に居ることを気まずいとは感じていなかったが、今までまともに通っていたことがないためか同年代のクラスメイトと呼ばれる人が沢山いる教室に慣れていなかった。自ら距離を置いているのかもしれないし、変化することが怖いのかもしれない。燐の方に志摩がやってくる様子を見ながらそう言えばと今までを思い返す。そう言えば、志摩は燐に対して“怯え”を見せたことがないように思えた。


「あ、ほんまやなぁ。お天道さん、ものごっつう機嫌良さそうにしてはるわ」


何の抵抗も見せずに燐の隣に座った志摩はくあっと小さく欠伸を噛み殺しながら空を見上げる。塾生との関わりは燐の内面に触れることが多いからか、学校のクラスメイトよりも親睦を深めていると言えた。志摩然り、子猫丸や勝呂然りだ。燐としてはクラスメイトと塾生で特に線引きをして接しているつもりはないが、知らず知らずの内にしているのかもしれない。或いは、塾生の態度がそうさせているのかもしれない。何故此処に居るのかと先程受けた質問を同じように返す。志摩にとっては“塾生が”という限定された友好関係ではないはずだ。特に、異性が絡んだ時の志摩の本気は燐も身を持って実感していた。


「まあ、なんやろ。奥村くん見つけたから行こうかなって」
「ふうん。……お前は何とも思わねぇんだな」
「へっ?」


素っ頓狂な声を上げた志摩に燐は何も言わなかった。燐の脳裏を過るのは今までの集団生活で起こしてきた数々の問題であった。確かに志摩たちは京から遣って来たこともあって燐の今までを知らない。清算される訳ではないが、分け隔てなく接してくれることが嬉しく感じると同時にくすぐったい。志摩は他の塾生と比べても燐に対して友好的なので尚更そう感じさせた。自然と弛む頬を隠さずにいれば、内容が気になったのかぐずる形で志摩が聞いてきた。まさか志摩との関係が嬉しいのだと直接本人に公言出来るはずもないので曖昧にはぐらかせば、志摩は口先を尖らせて燐から視線を外してしまう。


「なんや。えらく笑顔やったからええことでもあるんかなと思いましたのに」


不貞腐れているのだと分かる言動をする志摩はいつもより子供に見えてしまうのだから面白い。


「まあ、そんな大したことじゃねぇよ」
「せやったら教えてくれてもいいんとちゃいます?奥村くんの喜びを共有させて下さいよ」
「んー、やっぱダメだ。お前には絶対に教えねぇ」
「ええっ、奥村くん酷いわ! 俺こんなにも奥村くん好いてますのに」


わー、わーと喚くように次々と恥ずかしい言葉を並べる志摩は周囲の目が飛んでくることも気にせずに言い続ける。聞いている此方が恥ずかしくなるような歯の浮く言葉に、身体中の体温がぐぐぐと上昇してくる感覚を覚える。このまま志摩を放置する訳にもいかないが、かと言って自らの胸中を打ち明けることが出来る程の勇気を持ち合わせていない。どうしようかと考えれば、不意に志摩が燐を見た気がした。不本意ながら身長差を縮めるために見上げれば、志摩が先程よりも近い位置に居ることに気付く。何時の間に距離を狭めたのだろうか。


「なあ奥村くん。……言わないとちゅーするで」
「へっ、は? や、ちょい落ち着けよ志摩」
「あかん。気になって仕方ないや。――さっきも言うたやろ? 好いてるて」


そう言うのが早いが、更に距離を詰めた志摩は燐の唇を自分の唇で塞いだ。突然のことに目を白黒させる燐は何とか抜け出そうともがくが、志摩の力に適いそうにない。そもそもここは公共の面前で、志摩は言わなければキスをすると言っていた。奴には羞恥心というものがヒトカケラも存在しないのかと思う反面、応える間も与えずにキスされたことを冷静に分析している自分が居た。


「(あれ、そう言えば)」


よくよく考えれば、志摩は二度も燐に告白をしなかっただろうか。胸中に募った相手への想いを曝け出す、愛の告白。一度目は冗談や友愛に取れても二度目は一度目と違う感覚を与えた。あまりにも唐突で、自然に告げられた言葉によく考えるまで気付かなかった。改めて気付けば意識するまでに時間は掛からない。志摩をありったけの力ではねのけて乱れた呼吸を落ち着かせようとした。先程以上に体温が上がり、頬は燐の意志に反して赤らんでいく。


「奥村くんが悪いんよ。俺の気持ちに気付いてへんやろ? せやから少し意地悪してしもたわ」


くいっと口角を上げて笑う志摩は未だに動くことの出来ない燐に腕を回してそっと抱き締める。耳元で告げられた「好き」という告白が志摩の気持ちであれば、今まで友好的に接してくれていたのと意味が異なってくるだろう。今まで捉えていた意味が全て別の形にひっくり返ったのだと知った時、燐は何も言わないし言えない。触れた唇や耳元で囁くように紡がれた言葉を嫌だと感じなかったのだ。今まで願ってもなかった出会いや関係がこのような形に切り替わることを“裏切り”や“恐怖”と取れたかもしれないが、友人から別の関係に発展することを、志摩と一緒なら乗り越えて行ける気がしたのだ。



【好きが好きに変わる日】

(きっとそれは)
(恐怖と向き合う)
(第一歩に違いない)












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