版権2

□ぜんぶ、すき
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フリリクアンケ小説





志摩は、双子という生き物はまるで合わせ鏡のように瓜二つなものだと思っていたので、初めて奥村兄弟が双子だという事実を知ったときには誰よりも一番に大きな声を上げて驚いた。知り合って数ヶ月が経った今でも実は血が繋がっていないんじゃなかろうか、年子なんじゃなかろうかと密かに疑っている。口にしたら怒られるどころの騒ぎじゃ済まされない予感がひしひしとするので――兄からは白刃と炎を、弟からは銃弾と毒舌をたくさん頂くだろう――黙ってはいるものの、ふと思い返すくらいには心の端にそれを居座らせていた。ちなみに現在は血が繋がっていないなら(二人は事実を知らないで)親戚か何かで、年子なら燐の方が留年しているという説が有力である。そう思わせるくらい、燐は身長も性格もついでに言うなら頭の出来も兄にあるまじきものだったし、雪男は料理以外の全てが遥かに優っていた。双子ならせめて逆だろう。全くもって不思議である。


「奥村くーん、起きてえな」
「んー………にく…ぅ…」
「これこれ、そら俺の肩や。肉は肉でも人肉やよ」


カニバリズムは勘弁願いたいと、むにゃむにゃと右肩に牙と言ってもなんら遜色のない(だって、八重歯というには鋭すぎるのだ)歯を立てる燐のつむじを押す。流石に寝惚けてしていることなので叩く蹴るは出来ないし、何より彼は自分が淡い好意を寄せている人物だ。出来る限り優しくしてあげたい。言わずもながら、その思いには下心がしっかりと入っている。割合的に言えば下心と純愛が6:4…否、ぎりぎり際どいラインで7:3か。まあ誰だって好きな人には好かれたいに決まっているから、この優しさを不純だと切り捨てることは出来ないだろう。そう願いたい。指先でつつく志摩のものより後部で渦巻くつむじには、ぴょこんと可愛らしい寝癖がついている。寝るときにちょうど枕に触れるか触れないかの位置になるからこんなになるのだと、燐は唇を尖らせていたく不満げに漏らしていた。だが、志摩はそれを寝癖と言うよりもチャームポイントとして捉えていたので愛おしさしか感じない。巷ではあほ毛、もしくは触角と言うらしい。かいらしゅうてええやない、俺は好きやけどなあと志摩は言ったのだけれど、その日は彼の機嫌が上昇することはなかったと記憶している。


「ぎゅー」
「む、あ…ぅむ…」


なんて言葉に合わせて本人未公認のチャームポイントを押すが、燐が起きる気配は一向に見えなかった。言葉にならない声で唸られ、邪魔とばかりに手を掴まれてしまう。自分から手ぇ繋ぐなんて今日は随分と積極的なんやね、と茶化すように呟いてもフォローもリツイートもない。ああ虚しい。とりあえず手はそのままに、燐の頭を自分の膝の上へと移動させる。ぐっしょりとした右肩が冷たい。人はこんなによだれを分泌出来るものなのかと思いながら、志摩はじっと燐の寝顔に目をやった。青を帯びた黒髪は癖が強い割に指通りが良くて、なんだか子猫の腹や喉元を撫でる感触に似ている。卵型の輪郭はつやつやと張りのある白い肌で覆われているし、そこに配置されたパーツは全て整っていた。すっと筋が通り、少しだけ上を向いた鼻先。唇はほんのりと桃色で、厚過ぎず薄過ぎずちょうどいい弾力を持っている。その潤いはリップやグロスを塗っているんじゃなかろうかと密かに疑うくらいだ。そして、口の中には苺のように赤い舌と真っ白な歯が行儀よく並んでいて。それはまるで小粒の大理石のように、燐が笑うとぴかぴかと光を放つのだ。それが笑顔と相俟って志摩には大変眩しく感じられた。


「綺麗、なんよね…」


今度はフォローを求めない呟きを零す。そう。燐を形作る全てが美しいのだ。その中でも一際美しく、そして志摩のお気に入りが青い目で。澄んだ留紺(とめこん)をしたふたつの丸い瞳は月に照らされた夜の色をしている。まつげなんてそこらの女の子よりも長いんじゃなかろうか。ビューラーいらずのくるんと上を見上げたまつげが思いの外長いことは、燐が驚いたりわからないことがあると二、三回瞬きする癖を持っているのだと気付いたときに知った事実である。目を閉じていることで更に深く落とされた影を見ながら、志摩はふうと小さく息を吐いた。見たことはないけれど、フランス等の外国のショーウィンドウに飾られている精巧な人形のようだ。こんなふうに黙っているととびきり美人なのに、そこに動きと声が加わるだけで破天荒で天然の可愛らしい生き物に変わるのだから目が離せない。釘付けとは、なるほどこういうときに使うのかとうっかり学んでしまうくらいには、志摩は燐に夢中なのだ。


「奥村くん…起きひんのなら、悪さしてまうえ?」


頬を摘まんで囁けば、彼は再び唸り声を出して眉間にしわを寄せた。抗議するように真っ黒でしなやかな尾が崩した足裏をくすぐるように打つ。かわええ。思わず顔を緩めれば、でれでれするなと言わんばかりにもう片方の手が志摩の手を掴んだ。これで両手とも塞がってしまったと掌を握り返せば、燐はふわりと口を綻ばせるように笑って。手の甲にこめかみ辺りを擦り寄せるというオプション付きだ。その破壊力と言ったら、志摩の下心の割合を一気に10にしてしまう程である。俺のライフはもう0や残機のひとつも残ってへんよ緑色のキノコじゃ足らへんよ。頭でごちゃごちゃと取り止めのないことを考えて理性の回復を待つ。人の気も知らないで幸せそうに眠っている悪魔を見つめて、志摩はふうとため息を吐いた。


「今日は映画に行くつもりやってんけどなあ…」


昨日の夜にお誘いメールをして了承を頂き、部屋に訪れる前には電話だっていれた。しかし、ノックをしても沈黙を貫いていた扉を開けてみれば燐は眠ってしまっていて。電話した十分前は確かに起きていたというのにどういうことだと頭の奥に覚えた痛みは、今はその安らかな寝顔にすっかり打ち消されてしまっている。我ながら現金なやつだなあと思いながらも、膝上にある確かな重みと温かさを満喫する。握られた両手は少し汗ばんでしまっているのだけれど、それを不快だとは思わない。ただ触れないということが不満なので、比較的緩く握られている右手をそっとほどいてそのまま頭を撫でた。むにむにと口元が動く。一体、夢の中では何を食べているのだろうか。誰と、一緒なのだろうか。


「んー…」
「あ、ちょっ」


かぷり。左手の人差し指と中指をピンポイントで口に含まれてしまった。歯を立てられているが痛くはないので甘噛みなのだが、これは非常に不味い。とても頂けない。いっそ思いきり噛んでくれたら抵抗出来るのにやわやわと噛まれたり舐められたりと、意図していないそれに何やら変な気持ちにさせられてしまう。つまるところ、むらむらするのだ。どうにか指を口から出そうとすれば逃がさないと言うようにちゅうっと吸われた。むらむら。回復しかけた理性が下から上に溶けていく。なんだか本格的に危ない気がすると、志摩は慌てて手を振り払って万歳のポーズを取った。


「んむ…」
「もーほんま堪忍してえな…」


上に挙げていた両手を顔に持っていって呟く。燐は顔をしかめて唸っていたが、寝返りを打つとすぐに気持ちよさげな寝息を立てていた。本当に敵わないと思う。ふやけてた気がする自分の指先を見つめながら、志摩はもう一度大きなため息を吐いた。唾液で濡れたこの指を口に運べば変態になるのだろうか。だからと言って服で拭う気にもなれなくて――燐を起こす勇気もなくて、力なく両手を下に降ろした。好きな子を膝枕して、手を出すことも出来ずに大人しくしているこんな姿を兄達に見られてしまえば意気地なしと笑われるに違いない。


「……小悪魔さんめ」


ため息を飲み込んで薔薇色の柔らかな頬を包む。映画は残念だが次の機会に持ち越して今日は燐の寝顔を眺めていよう。半開きになった口を見て、志摩はふと笑みを零した。そしてそのまま鼻にキスをする。本当は寝込みを襲うなんて卑怯な真似は、燐に嫌われること間違いないのでしたくない。だが、約束を忘れて眠っていられるのも面白くない。なので、今こうして静かに彼に降らす唇は抑制の意味を込めたただの可愛い悪戯なのだ。額に、頬に、髪に、唇に。音も立てずにキスをする。燐が起きる様子は、まだまだ見えない。












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