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□金色が告げる朝は甘く
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 金色が告げる朝は甘く




ぼんやりと霞む起きぬけの視界の片隅でゆらりと長い金色が動いた気がした。見覚えのある色だ。だが巳天は、まだ身体の中に停滞している睡魔に勝てなかった(勝とうとも思わなかった)ので、まあ気のせいだろうとまぶたを閉じてまどろみに身を任せた。柔らかで暖かなベッドは拒絶することもなく巳天を優しく抱きしめてくれる。ここまでくると起きているのも面倒だと、怠惰な感情を隠しもしないで巳天は布団を頭まですっぽりと被った。今日は仕事もないし、もうこのまま一日寝てしまおう。



「朝ですよー!」

――――ぼすっ



そんな堕落した目論みも、可憐な来訪者によってすぐに打ち砕かれたのだが。衝撃に少し呻きながら、腹部に飛び乗っている少女を見る。ふわりと緩やかな曲線を描く長い金髪に大きな翡翠の瞳。真っ白な肌をゴシック調のロリータファッションに身を包んだ少女は人間ではない。生体電機人形と言う、人の手によって生み出された生きた人形だ。しかし人形はほとんど人に近く、見た目や表情では見分けがつかない。今だって、人と同じように軽やかな声で嬉しそうに笑っている。そのいつもと変わらない笑顔に小さな音量で話しかけた巳天の声が、微妙に掠れているのは寝起きであるせいではない。



「おはよ…」
「もう8時すぎたよマスター!」
「まだ8時すぎ…」
「起きてー」
「はあ……リンダ、退いて」



予想していた時間よりも大幅に早い。ため息混じりにすっかり覚めた目を何度か瞬かせ、きゃあきゃあと自分の上で跳びはねようとする少女の名前を呼んで身体を起こす。彼女の名前は本当は英語の羅列が正式名称なのだが、人形としての能力を解除するパスワードであるので普段は呼ばないのだ。しかし巳天は、名前としては長すぎると思っているのでリンダと呼んでいたりする。



「今日はね、フレンチトーストだって」
「はいはい」



急かすようにぱたぱたと両手を動かすリンダの頭を撫でる。ついでに自分の頭も掻いて、あくびを零しながら寝室を出る。こけないように階段を降りれば、ふんわりと甘い香りがダイニングから漂ってきた。それにつられて胃袋が鳴き声を上げる。現金な奴だ。



「マスター、今日は何するの?」
「仕事ないからゴロゴロしとく」



そう言ってドアを開けると、丁度フライ返しを片手に持った青年と目が合った。声をかける前ににこりと微笑まれる。どうやら今朝食ができあがったらしい。リンダを隣に座らせて自分も椅子に座り、巳天は料理を運んできた青年に声をかける。



「おはようみにた」
「おはようございます主どの」
「よくも起こしてくれたな」
「朝食は一日の元気の源っすよ」



恨みがましくフレンチトーストを刺して口に運ぶ巳天に青年―――みにたは「いただきますは?」と少し怒る。彼もまた生体電機人形なので、みにたと呼ばれた名前もリンダと同じく通称のようなものである。しかし、隣でフレンチトーストを頬張る少女と違ってみにたは元は人間だ。



「みにた、コーヒー入れてくんない?」
「はいよー」
「リンダにも!」
「リンダにはまだ早いっす」



オレンジジュースで我慢するように言い聞かせてキッチンに戻る背中を見送りながら、巳天はぱくりとトマトを食べる。ミルが珈琲豆を挽く音を耳にしながら、ぼんやりとテレビを見つめる。はしゃぐリンダに起こされるもみにたに母親みたいに注意されることも、すっかりと巳天の日常に刻まれていた。そう、なんの変哲もない毎日の始まりだ。






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