!?

□ツンデレの弊害
1ページ/1ページ








 ツンデレの弊害




高層マンションの一室。昼間だと言うのに閉めきられた厚いカーテンによって薄暗くなった寝室の、キングベッドの中心にあるものを見てとーとはため息を吐いた。大きく、深く。なのに盛り上がった山は微動だにしなかった。



「……おい」



呼びかけにも応じない。恐らく毛布の中では顔を歪めているに違いない。ごーとが待っているのはとーとではなく巳天なのだから。全く、ともう一度ため息を吐く。悪い癖なんてかわいらしいものじゃない。癖は無意識にするがこれは明確な目的を見据え、それを達成するために最も効果的な行動を意図してやっているのだ。たとえ己がどんな苦痛を強いられようとも、それが叶うまではストイックにやり遂げて、叶ってからは傍若無人なまでに我を通すから手に負えない。変に完璧主義で天の邪鬼。ひねくれて裏返り、よじれて歪んで途中でちぎれた素直さや純粋さといったものを、粘着力の弱いちゃちなセロテープみたいなもので繋ぎ止めているような性質なのだ。粗悪な性格とはよく言ったものである。



「おい、起きてんだろ」
「………みーくんは?」
「みにとと仕事だ」



そう言い終わる前に毛布の中から短い舌打ちが聞こえて、心の底からいらっとした。むしろ舌打ちしたいのはとーとの方である。今日は仕事もないのでゆっくりと買い物にでも出かけようかと思っていたというのに、自身の操縦者である巳天の半強制的なお願いのせいで、休日返上をしてこのへそ曲がりを迎えに来なければならなくなったのだから。一種の怒りを感じて、とーとは微塵も動かない毛布の塊を持ち上げた。勿論ベッドごとだ。



「勝手に家具の位置変えようとしないでくれる?まだ引っ越す予定ないんだからさ」
「いい加減にしろ不良品…おれに迷惑かけんな」
「ヴィーテに迷惑をかけるくらいなら白米にかけるよ」
「間接的にかかってんだろうが」



また苛立ちを覚えたので、感情のままにベッドを左右に揺すれば「これだからパワー型は嫌いなんだよばーか」なんてくぐもった文句が聞こえる。更に沸騰する怒りをぐっと堪えてとーとはベッドを元に戻すと今度は毛布を剥ぎ取り、わかりきっているはた迷惑な正体を暴いてやった。そこにはやはり、不機嫌そうに眉を跳ねさせた男が転がっていた。顔立ちが恐ろしく整っているからか、嫌味なくらいその表情が似合っている。



「さっさと巳天ん家行くぞ」
「嫌だ。飼い主なら自分で人形のとこに来るべきだね」
「人形なら飼い主困らせるな」「困ることはないでしょ、最悪僕が“死ぬ”だけだし」
「お前…」



屁理屈をごねるごーとに呆れて言葉を失う。生体電機人形は契約した操縦者と小まめにスキンシップを取らなければエネルギー切れになってしまい、その人形としての活動が停止しまう。そうなれば操縦者や自身のデータは消滅し再起動するには時間も労力もかかるので、人形や操縦者達の間ではそれを“死ぬ”と言うことが多い。だから普通の人形は毎日操縦者の側にいたり、週に一度くらいの割合で一日を共に過ごすのだ。しかしごーとはそれをせず、スリープモードに移行するぎりぎりまで巳天に会わない。わざわざこの高層マンションを買って自分で動けなくなるまで衰弱して、巳天がやって来るのをひたすら待つのだ。



「つか、困らせるならおれの手を煩わせんじゃねえ」
「知らないよそんなこと。嫌なら聞かなけりゃいいじゃないか」
「人形は主の言うことを聞く義務があんだろ」



そう言うとーとは珍しく自分の感情を一番に優先する人形だ。つまり、柄じゃないことを言っているのだが、巳天の命令を疎ましいと感じることは多少はあれど背こうと思う気持ちは湧いて来ない。人間ほど信じられないものはないと思っていた昔の自分が今では全く信じられなかった。それは製造元が一緒のごーとも感じているらしく、ことあるごとに話のネタにされるのだ。現に今もベッドの上で丸まりながら「人形の義務だなんて一番君に似合わない言葉だよね」と言っている。お前はどうなんだと思いながら、煙草を取り出しベッドに腰かけた。火を点けるとまた文句を言われるのでフィルターを噛むだけだ。



「ちょっと、」
「黙れ…巳天に連絡取ってやるから」
「え…な、にそれ…気持ち悪い」



煽るような言葉を無視して目を閉じる。人形は契約した人間や同じ操縦者を持つ人形に限り、脳内の微量の電磁波やシナプスを利用して会話をすることが可能なのだ。ただしそれは十分なエネルギーがあるときだけなので、今のごーとに巳天と会話できるだけの力はない。仕方なく目をつぶって頭の中に自分の操縦者の顔を思い浮かべる。呼び出し音も何もないが、なんとなくぷつりという音が聞こえた気がしてすぐ巳天の間延びした声が響いた。



『…どしたのとーと、ごーとは?』
『駄々こねてベッドから動かねえ…流石にもう仕事終わっただろ?』
『えーめんどくさ…』
『このままだとオーグ“死ぬ”ぜ。おれは別にいいけどよ』
『………はあ、わかった。あと10分でいく』



あからさまに面倒だと訴えながらも巳天はこちらに来ると言い、少しの余韻も残さずに通話を切った。とーとも通話を切って、未だベッドに転がっているごーとに目をやる。不機嫌さを前面に出した顔に少し苛つきながらも巳天が来ることを伝えてやる。すると目に見えて表情が明るくなり、もっと強い苛立ちを覚えた。これ以上この場にいて自分に特はないので、とーとは言葉もかけずに足早にマンションを後にした。すぐに銜えていた煙草へ火を点しながら自宅へと向かう。



「あー…疲れた…」



構ってほしいのなら素直に甘えればいい。多少の拒否はあれど完全なる拒絶なんて、巳天の中には存在しないのだから。迷惑やとばっちりを強く受ける者として、切に思うばかりだ。






補足:人形4体と契約している巳天は人形1体に対するスキンシップの時間が短かったり同時進行だったりするので、長く自分だけを構ってほしいので仕事があんまり入らないときは自宅マンションで引きこもるごーと。巳天は行くのが面倒くさいのでとーとを迎え役によこす






戻る













[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ