沖田×土方
□1-3.花火
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稽古が終わった後、飯を食う広間に足を運ぶと、そこにはいつもと違う顔触れがあった。
沖田姉弟…その2人だった。
――――――
近藤さんに頼まれて沖田の姉を迎えに行くと既に家の門の前で待っていた。
言われた時間より早く着いてしまったから、そこいらで時間を潰そうと思っていた俺にとっては、ちょっとした計算違いだった。
何と声を掛けていいか解らなかったからとりあえず近付いて、下に置かれていた荷物を持ち上げた。
すると女は「ありがとうございます」と頭を下げて、俺の後ろに着いて歩いてきた。
江戸の女は口煩くでしゃばりなのが多いが、この女は違っていて、何も言わずに俺の5歩位後ろを歩いていた。
慣れない状況に少し緊張はしたが、居心地は悪いものではなく、いつしか女の歩幅に合わせて歩くのも苦ではなくなっていた。
長いようで短かった2人の時間は沖田弟の姉を呼ぶ声によって幕を閉じた。
近藤さんの計らいで俺が沖田姉を迎えに行く事になったのに、結局一言も喋らぬ終いだった。
「お稽古ご苦労様です。どうぞ召し上がって下さい。」
先程の事をぼんやりと考えていた俺の耳に沖田姉の涼しげな声が響いた。
その声のした方を見て、なんとなくその姿を眼で追っていると、近藤さんに肩を叩かれた。
「トシ、そんな所で突っ立ってないで早く晩飯頂こうぜ?」
「あ、ああ…そうだな」
結構長い事女を凝視していた事に気付き、慌てていつもの席についた。
1人1人の膳の前に七味が置かれていたのが気になったが、その話題には触れない事にした。
「もしかして今日の晩飯はミツバ殿が作ってくれたんですか?」
近藤さんの問いに女はコクリと頷いた。
「お泊りさせて頂くんですから、何かお礼がしたくて…無理にお願いして作らせて頂いたんです。」
確かに言われてみればいつもより薄味で、濃い味付けが特有の関東のお袋料理とは違っていた。
けれど、どちらかというと俺は沖田姉の味付けの方が好みに合った。
「やはりそうでしたか。このお吸い物も薄味ながらも出汁がきいていて、美味いですなぁ」
こういう時、近藤さんが少し羨ましく思える。
思った事を相手に素直に伝える、という事が俺にはなかなか出来ないから。
「きっと良いお嫁さんになるでしょうねぇ」
ガハハと笑う近藤さんにつられて皆も笑う中、沖田弟はどこか自慢げな顔で姉にしがみついていた。
「姉上は将来僕のお嫁さんになるんだ。だから毎日美味しいご飯が食べられまさぁ…羨ましいでしょう?」
沖田の言葉にすかさず原田がツッコミを加えてきた。
「沖田さん、姉弟で結婚はできないんですよ?だからミツバ殿は俺に下さい!!」
ふざけて女に手を差し出した原田だったが、「うふふ、ごめんなさい」と呆気なく振られていた。
「え〜、姉上と僕は結婚出来ないんですか?」
沖田弟は原田の軽いナンパ(?)などそっちのけで、近藤さんにそんな事を尋ねていた。
「う〜ん、そうだなぁ。残念だけど、姉弟では結婚出来ないんだ。」
その言葉にかなりのダメージを受けている様子だった弟に、姉が宥めるように話し掛けた。
「あ、ほら…この前隣に引っ越して来た近所のみほちゃん、可愛い子じゃない。総ちゃん、あの子の事好きじゃないの?」
「僕…ガキには興味ないんでさァ」
自分はガキの癖に、と内心吹き出していると…
有り得ない言葉が耳を貫いた。
「姉上が駄目なら、僕、土方と結婚する。」
俺は言葉の意味が飲み込めず、ポカンとする事しか出来なかった。
「そ、総悟?トシは男だから、その…お前とは…」
「男同士でも結婚しちゃダメなの?」
「いや、駄目っていうか…国によっちゃいいんだろうが…」
「どこ?どこでなら結婚出来るの?」
無邪気に問い掛けてくる沖田弟に負けて口をモゴモゴさせる近藤さんに代わり、我に返った俺が答える事にした。
「先輩…結婚っていうのはとても大切な行為なんです。そんな大切な行為を容易く口にするのは…中身の浅い軽薄な人間だと思われてしまいますよ?」
「土方は…けーはくな人間は嫌いなのか?」
「ええ。男女問わず軽い人間は嫌いです。」
「そうか…じゃあ、もう簡単に結婚するとか言わない事にする。」
「それがいいと思いますよ。」
再びご飯を食べ始めた沖田弟の納得したような顔に、知らず知らず笑みが洩れた。
子供の戯言とはわかっているのだけれど、
「土方と結婚する」
なんて、可愛い王子様にプロポーズされて…
内心少しだけ…嬉しかったんだ。