沖田×土方
□2-3.旅立ち
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「では姉上、いってまいります」
「ええ…いってらっしゃい」
「ミツバ殿、お身体に気をつけて。必ずや大きくなってミツバ殿を江戸にご招待するので、待っていて下さいね」
「ええ、楽しみにしてますね。では、皆さんも…お元気で」
別れの時というのは案外呆気ないもので。
結局土方が姉上と話す事はなかった。
きっと3週間前のあの晩の会話が、この2人にとっての最後の会話だったのだろう。
たまたま聞いてしまった僕としては、なんだか複雑な心境になった。
―――――――――
〜3週間前〜
月明かりが綺麗な夜だった。
この日、僕はなかなか寝付けなくて、布団の中でゴロゴロしていた。
眼を閉じても全然眠れる気配がしなくて。
(庭で素振りでもしようかな)
そう思い立ち、竹刀を手に庭へ向かったのだが…
姉上と誰かが話しているような声がして、思わず足を止めた。
襖の陰から覗き見ると、そこに居たのは土方だった。
(こんな夜遅くに何話してるんだろう?)
部屋の中からでは声が聞き取り辛かった為、僕は玄関から外に出てこっそりと庭の木の陰に身を潜めた。
そして暫くして、姉上の声が聞こえてきた。
「みんな江戸で一旗あげるって、本当?」
(あ、昨日僕が話した事だ…)
すると、少し遅れて土方の声も聞こえてきた。
「…誰からきいた」
「総ちゃんが…昨日意気揚々と」
「あのバカ」
(何だよ、バカって…)
いつか分かる事なんだし別にいいじゃないか。
舌を出しながら耳を傾けていると、姉上の口から切実な言葉が紡がれた。
「…私も…連れていって」
(えっ……?)
その場の空気が一瞬にして色を変えた。
「私は…総ちゃんの親代わりだもの。あの子には私がいないと……それに…私…みんなの……十四郎さんの側にいたい」
姉上の気持ちに感づいていたとは言え、改めて聞かされるとこたえるモノがあった。
けれど、もしかしたらこれで土方もちょっとは姉上の江戸行きについて迷いが生まれるんじゃないか?
そう思ったのだが…そんな考えは甘かった。
「しらねーよ」
土方の口から出たのはあまりに素っ気ない一言だった。
「しったこっちゃねーんだよ、お前のことなんざ」
そしてそう吐き捨てるように言い残して…去って行ってしまったのだった。
土方が去った後も僕は中々動けず、まして姉上の方を見る事なんて出来る訳がなかった。
(今日は…このまま部屋に戻って寝るべきだ)
そう思って足を踏み出そうとした所で…
「総ちゃん…?」
呼び止められてしまった。
(なんでばれてるの…!?)
内心焦りまくっていたものの、気付かれたなら仕方ないとオズオズ姿を現した。
なんと言っていいのか分からず、とりあえず謝ろうとした僕より先に姉上が口を開いた。
「フラれちゃった…」
いつもの明るい声でそう言って、笑顔を作っていた。
「駄目ね、私…総ちゃんを引き合いに出して気を引こうなんて。もう貴方は…昔とは違うのにね」
そんな事無い…
僕だって、本心を言えば姉上と離れたくはないんだ。
そして多分アイツもちょっとはそう思っているはずなのに…
何であんな突き放したような言い方をしたんだろう?
「総ちゃん…貴方だけはどんな事があっても、あの人の事ちゃんと見て、ちゃんと信じていて欲しいの」
(何であんな酷い突き放され方をしたのに、姉上はそんな事が言えるのかな…)
ようやく十代の折り返し地点に差し掛かろうとしていた僕には、土方の真意なんてものは全くと言って良い程理解出来ていなかった。
何故連れていけないのかちゃんと説明すればいいのに…そんな風に思っていたんだ。
「あの人は優しい人なのに、悪い方に勘違いされ易いから、それだけが心配…だから貴方だけはあの人の事裏切らないで欲しいの」
フラれちゃった私からのお願いよ…
そう言って姉上は家の中へと姿を消してしまった。
僕はと言うと、頭の中が整理出来なくて…
結局庭で素振りをしながら思考を巡らせていた。
(姉上は土方に惚れているから、擁護するような事を言ったのかな…?)
(そもそも、土方だって姉上に惚れてるはずなのに、何であんな言い方をしたんだろう…?)
考えれば考える程わからなくなって…
とうとう答えが出ないまま、この出発の日を向かえてしまったんだ。