二次創作

□君の髪、僕の髪
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ぷつっ。
「痛っ」
そう言ってエドガーは頭を押さえた。

「どうしたの?」
エドガーの隣に座っていたリディアは彼の方を向いた。
「何だか髪を引っ張られたみたいなんだ。でも気のせいかな?」
そう言って彼は心配をかけまいとリディアの方を向き、柔らかく微笑む。

そう言った彼の肩越しにいたずら好きの妖精が彼の金色の髪を手にし、喜んでいるのが見えた。
あっ、あの子たち…。
やっぱり妖精の仕業だったのね。

…またやってしまった。
私と一緒にいるからだ。
好きな彼にしてほしくはなかった。
「…ごめんなさい、エドガー。それは私のせいなの」
そう言って彼女は申し訳なさそうに俯く。

それは妖精の仕業だった。妖精は人にいたずらをする。また、妖精の中には綺麗な物を欲しがるものもいる。エドガーの輝く金色の髪は、日の光に当たり、キラキラと輝いていた。妖精が欲しがるのも無理はない。金の糸のようなエドガーの金髪の髪を一本抜いて持ち帰ったのだ。

…いつもそうだ。
仲良くなった人に、妖精はいたずらをする。せっかく仲良くなっても、リディアと一緒にいるとその人の身の回りに変な事がで起こる。それはリディアと仲良しの妖精の仕業なのだが、みんなリディアと仲良くなり始めた時に起こるものだから、リディアのせいだと思い始める。
最初はあまり気にしなかった人も度々そういった事が起こると段々リディアとの距離を取り始める。そして結局またリディアは一人ぼっちになってしまうのだ。そして彼女に陰口が叩かれる。
「あの子と仲良くすると、変な事が身の回りで起こるのよ。それってあの子が魔女だからかしら?」と。「あの子は変わり者だから」だとも。

そして距離感を誤った自分の愚かさを心の奥底に封じ込め、一度開いた扉を再び固く閉ざしてしまうのだった。
だから彼女には、人間の友人が出来なかったのだ。

勿論、原因は妖精のいたずらが原因だが、リディアは彼らを嫌いになれない。離れる事も出来ない。それはずっと一人ぼっちの彼女を支えてきたのもまたその妖精たちだったからだ。

そんな中、エドガーはリディアが高校生になって初めて出来た友人だ。どうしてか、彼は変わり者とか魔女とかと言われてきたリディアを気に入り、こうして時折散歩に誘う。

始めは戸惑っていたリディアだったが、彼の強引で、でも彼女だけに優しく振舞う行動に、少しずつ心を許していったのだった。

それでも彼と私は釣り合わない。
彼の一時の気まぐれだという事もわかっている。
いつも華やかな彼の周りを取り巻いている自信に満ちた女性達とは違う。
彼はただただ変わり者のリディアに、興味本位で近づいただけだ。
私は彼にとって、また一緒にいるのでさえ身分不相応なのだ。

彼がリディアを誘うだけで、エドガーの取り巻きの女性達はリディアに対して陰口を言う。
「エドガーはあの子の魔術に騙されてるののかしら?」
「あの鉄錆色の髪も変わった色よね」
「金緑の瞳も何だか薄気味悪いわよね」
「彼女が可哀想だから彼が声をかけてあげているのよ。それだけの事よ」
「自分がもてるとでも思っているのかしらね。彼の単なる遊びなのに」

そんな言葉が聞きたくなくても耳に入ってくる。

…言われなくてもそんな事、私が一番わかっている。
彼が私に同情している事も。

…遊びだって事も。

だから、彼を好きになってはいけないとリディアは自分に言い聞かせている。
彼の優しさは、一時的なものだから。
単なる遊びだから。

彼は必ず離れていく―。

それが今日なのか、明日なのか…今なのか。
ただ、確実なのはいつか必ずその日は来るのだ。

自分には価値がなんて何もないから。
彼の隣に立つ資格なんて、何もないのだから。

でも、それでいいとリディアは思っている。自分は妖精としか付き合って来れなかったやっぱり変わり者なのだ。だから、この一時の出会いを大切にしようと決めたのだった。
それでも、彼に見つめられたり、指先にキスを落とされたり、髪を弄ばれたり、柔らかく抱きしめられたりすると鼓動が跳ね上がり、初心な彼女は頬を赤らめ、俯いてしまう。そして、もしかすると…なんて勘違いしてしまう。それ程彼の眼差しは柔かく優しくて温かいのだ。

…けれど、きっとそんな反応も彼にとったら珍しく面白いのよね。

そんな風に考え、その自分の考えた思いに心が傷つく。
そうして彼と出かける度にリディアの心は傷つき、悲鳴を上げていくのだった。

「君のせい?」
エドガーは首を傾げる。
ちゃんと説明しないと。リディアは心に決めた。
「あの、前にも話したと思うけど、私、フェアリードクターなの。妖精と関わりがあって、それで、妖精は綺麗な物が好きだから、あなたの髪を抜いてしまったの」
本当にごめんなさい…。と最後は小さな声になってしまった。

…あぁ、もうこれで終わり。
よかったじゃないリディア。
魔法は解けたの。
もう傷つかなくていいの。
これで彼も離れていく。
私はやっぱり一人が似合いなの…。
分相応だったのよ。

そう言い聞かせても、知らずに目頭がぎゅっと熱くなる。何かが溢れてくる。リディアは必死になって堪えた。知らず知らずの内に、彼を好きになってしまっていたのだった。

自分の図々しい考えに泣けてくる。

ばかなリディア、堪えなきゃ。彼に迷惑がかかる。いつも通り、これでさよならって言うのよ。

そんな事を頭で考えても、自分の気持ちが付いていかない。ぐちゃぐちゃな気持ちで何も考えられなくなってしまった。

そんな俯くリディアを見つめていたエドガーだったが、ふーんと一言漏らした後、
「と、いうことは僕は君の友人の妖精に気に入って貰えたってことかな?」
と言い、俯いたリディアをぎゅっと抱きしめた。

え?
意外な展開にリディアはびっくりした。
何が起こっているのか、よくわからない。
混乱している中で、彼はリディアの髪を弄び、彼の指先に絡めてはまた解きを繰り返していた。

「やっと認めて貰えたんだね。僕の髪も役に立ったんだな、親に感謝しなくちゃね」
そう言いつつ、彼はそっとリディアを抱擁から解いた。

「えっ?」
リディアは戸惑いを隠せない。
私を嫌ったんじゃないの?
嫌になったんじゃないの?

戸惑いの気持ちを濡れた金緑の瞳いっぱいに表していた彼女の瞳を、彼は両頬を優しくはさみ覗き込んだ。
「リディア、僕は他の人とは違う。そんな事位で君を嫌いになんかならない」
彼の思いもしない発言にリディアはびっくりする。
「ねぇ、リディア、もっと君は自信を持っていいよ。君の妖精が見える金緑の瞳も、キャラメル色の髪も、そしてお人よしな所も何もかも丸ごと全て僕は大好きだから」

そして彼はリディアの瞼にそっと口付けした。
その口付けを合図としたかのように、リディアの頬を涙が伝った。

彼こそが魔法使いだ。
彼の言葉で自分の傷ついた心が少しずつ癒されていく。
まだ私はあなたの隣にいていいの?
もう少しだけ一緒にいていいの?
あなたに迷惑をかけない?

色んな思いがいっぱいになるが、もう胸がいっぱいで何も言えなくなってしまった。
そんなリディアをエドガーはもう一度きゅっと抱きしめた。

暫くそうしていた二人だったが、エドガーがあっそうだ、と言った。
「?」
リディアは顔をあげた。
「ねぇリディア、君のキャラメル色の髪を僕に一本くれないか?」
「え?」
いいよね、とリディアの返事を聞かずに、彼はリディアの髪から一本髪を抜いた。

ぷちっ。
「!」
「リディアの髪、もらった」

そうして彼は嬉しそうにし、リディアの髪を自分の懐から出した純白のハンカチに丁重に挟んだ。

「…あの、あたしの」
「あぁ、おまじないに使うんだ」
おまじない?リディアは首を傾げる。
「知らないかな?リディア、好きな人の髪の毛と自分の髪の毛を結びつけると将来一緒になれるんだ」

好きな人って?
誰が?
一緒って…?

まだよくわかっていないリディアを彼はくすっと笑い、そのうちわかるよ、といたずらめいた灰紫の瞳を輝かせた。



数年後−。

「あーもう、ペーパーナイフ、どこやったかしら?」
リディアは自分の机の引き出しをあちこち開けて探してみたが、見つからなかった。
ごそごそと探していると、ソファで紅茶を飲んでいたニコが見かねて言った。
「ペーパーナイフなら、あいつが持っていったぞ」
え?
「リディアの使っているナイフが使いたいんだけどな、とかほざいていたけどよ」

ニコの話を聞き、リディアは彼の書斎に行った。

コンコン。
扉を叩いても返事はない。どうもいないようだ。
リディアは思い切って書斎に入り、彼の机の上を見た。案の定、ニコの言う通り、机の上に彼女のペーパーナイフがあり、リディアがそれを取ろうとした時に、彼女の手があやまって一冊の本に当たり、その本が床に落ちた。

ぱたっ。
…やっちゃった。
床にしゃがみ、落ちた本を拾おうとすると、本の間に挟まっていた二つ折りの紙が一枚落ちた。そっと拾い、紙を広げると中からは赤い糸に結ばれた髪の毛が出てきた。

…これは?
髪の毛だった。二本あり、一本は輝く金髪。多分、彼の髪だ。そしてもう一本は…。
鉄錆色…。
物心ついた日から見慣れた色だから忘れるはずがない。
あたしの髪だ。
どうして?

「リディア」
「きゃっ!」
リディアの耳元で急に名前を呼んだのでびっくりした。
「そんなに驚かなくても」
「驚くわよっ!」
驚いて怒っているリディアを構わず抱きしめた。ごめん、と笑いながら謝りつつ、彼女の手にしているものを見つめた。
「何を見つけたの?」
あの、これ…と言って彼女が見せてきたものを見て、あぁ、と納得した。

「これはね、おまじないなんだ」
「?」
もう叶ったから、必要ないんだけど、どうしても捨てられなくてね、と彼はいたずらっぽく笑った。



…あの日、エドガーはリディアの髪を手に入れた。家に帰り、自分の髪を一本抜き、赤い糸で結んだ。
それは小さな小さなおまじない。

好きな人の髪と自分の髪を赤い糸で結びつけると、将来結婚出来るという。
単なるおまじないだけど、エドガーはやってみた。

妖精から認められた今日、もしかするとおまじないの効力が発揮するかもしれない。

彼女と一緒になれるように。
一生を共に歩んでいけるように。
何よりも、自分の横で笑っている彼女をずっと見ていられるように。

おまじないの力が上か、彼の執念が上だったのか。それは自明の理だが、彼の願いは叶ったのだった。



☆おまけ

エドガーがリディアに興味を持ち始めた頃、たまたま女の子達からおまじないの話を聞いた。
好きな人の髪の毛と自分の髪の毛を赤い糸で結ぶと一緒になれるというおまじない。

だからみんな女の子達はエドガーの髪の毛を欲しがっていた。勿論、彼はそんなおまじないを信じた訳ではなかったのだが。

そんな時、校舎の陰で会話をしていた話し声がいつになく彼の耳に入ってきた。「リディアの髪を・・・」という言葉が聞こえたからだ。どうも女の子のおまじないを試そうとしているようだった。

それはリディアと同郷のアンディという奴だった。
彼がリディアを好きな事は知っていた。
ただ、リディアは気づいていない。むしろ、幼少の頃に彼にいじめられていた記憶の方が強いようだ。

男の子は得てして好きな女の子にいじわるをしてしまうが、彼はどうもその典型だったようで、リディアに他の男の子を近づけさせない為に、彼女を魔女だとかと言いふらしていたようだったが、その自分で蒔いた種が自分にかかってくるとは思いもしなかっただろう。

リディアは気づいていないのだが、意外と彼女は人気があった。ただ、他の女の子の手前、大ぴらに好きと言えない環境が既に出来上がっていたのだ。リディアは天性のお人よしで、困っている人を助けたり、小さな手助けをしてあげている。それをきっかけに彼女に興味を持ち、彼女を好きになる男が増えていくのだった。

そんな男共はエドガーが片っ端から片付けていった(レイヴンの力も借りて)(ただし、エドガーの反撃の方がレイヴンの反撃よりたちが悪い)が、あの男だけはリディアの事を諦めてないようだった。

エドガーがリディアに興味を持ち、好きになるのは時間の問題で、すぐ彼女の魅力に引き込まれ、溺れていった。ただ、彼女は初心だ。だから強引なやり方では、すぐ離れていってしまう。今まで自分の周りにいた女の子達はエドガーの地位や外見が好きだったが、彼女は違う。まだ見せていないが、自分の人でなしな性格も悪魔のような内面もきっと全てひっくるめて自分を愛してくれるに違いない、と思った。だからこそ、少しずつプロセスを重ねて自分を好きになってくれるように、包囲網を固めていったのだった。

ただ、それだけでは足りない。第二のアンディとかいう奴もこれから出てくるに違いない。だから、彼は今、出来ることを何でもしたかったのだ。

「おまじない、ね…」
信じた訳ではないけれど。
今度機会があったら、彼女のキャラメル色の髪を一本頂こう。
彼女の運命の赤い糸は、僕だけに結ばれていればいいのだから。
それに彼女のキャラメル色の髪一本一本全てが僕のものだ。
あんな奴に絶対渡さない。
それに、彼女のキャラメル色と自分の金色を二つ合わせたらきっと何よりも美しい色になるよ。

そうしてエドガーは彼女のキャラメル色の髪を誰よりも一番に手に入れる機会を伺っていたのだった。

おわり

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