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□0006:言葉に色を塗りつけた
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誰とも口をきくつもりがなかった。
誰とも打ち解けるつもりがなかった。

必要ないとすら思ってた。






なのに。






「・・・なんて、曲?」







自分から声をかけてしまった人間がいた。

その人間はピアノを弾く指を止め、驚いたように俺を見た。







「えっと・・・狩屋、くん?」






ああ、そうだ自己紹介もまだだった。
その人間は首をかしげながら俺を見て名前を呼ぶ。







「私、名無しさん。この曲は、」







俺から聞いたのにもかかわらず、曲名なんて耳に入ってこなかった。




名無しさんと名乗った女は、とても綺麗だと思ったんだ。









「よろしくね」







ものすごく綺麗なパステルカラーだと思った。

彼女が発する言葉は、とても綺麗なパステルカラーだったんだ。






明るくて、澄んでいて。
ひたすらにまっすぐ。





そんなイメージの言葉ばかりを持つ。


白黒の言葉しかもたない俺には新鮮すぎて。








「ほら、お日さま園って子供が多いでしょ?だから私はピアノで子供をあやしてるってわけ。」







狩屋くんもあやされてみる?と冗談めいた言葉さえも魅力的だった。





ピアノの横に座りこんで、そして素直に言葉を吐く。








「聞いてあげてもいいよ。」







かわいくないなぁと笑って名無しさんは息を吸った。

そして指が動きはじめる。






目を閉じてピアノの音をきくと、なんだかとても明るくて。





ああ、生まれもった才能ってやつなのかな。

綺麗な才能だなあ。






そっと聴き続けていると、急に音が止んだ。

おどろいて名無しさんを見ると、名無しさんは泣いていた。








「えっ・・・」

「ごっ・・・ごめんね!すぐ止まるから、だからっ・・・」








声をあげることもなく名無しさんは泣く。

静かに、ただ涙を流すだけ。





なにがあったのかさえわからない。







「こんなに真剣に私のピアノを聞いてくれる人、初めてだったの。」






ぽつりと名無しさんが笑った。






「狩屋くんなら、私を認めてくれるのかなあ」







なーんてね、と笑い、名無しさんはまた鍵盤に指を置いた。



そしてぶつけるかのように指が動き出す。





ああ、違った。

綺麗なパステルカラーなんかじゃなかった。

無理矢理塗りたくった絵の具に気づかれないように自分を主張して。





明るく明るく、アピールして気づかれようとしてただけ。







「名無しさん」







びくりと名無しさんの体が震えた。







「俺は、名無しさんのピアノ、好きだよ。
音楽のことはなにもわからないから無責任かもしれないけど、大好きだ。」








[言葉に色を塗り付けた]







初めて伝えたいと思った。




案の定、名無しさんはありがとうと笑った。


ああ、






パステルカラーも悪くないなあと思ったんだ。

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