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□0012:台詞だけじゃ物足りない
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そろそろ諦めたらー?なんていう軽い言葉がかけられた。
ふっざけんなとケータイを投げつけるとマサキはサッカーで培われたであろう身体能力でケータイをよける。
ケータイがむなしく壁にぶつかって落ちたのを見てギリッと歯を鳴らした。
「そんな必死になって、まあ・・・カワイソー」
お前なぁ、とマサキをにらむとマサキは私の部屋に堂々と入ってきてベッドに座った。
そしてアルバムを手に取りそれを眺めながら私につぶやいた。
「中学生のころの名無しさん姉ちゃんかわいー」
「そりゃどうも」
「このころの名無しさん姉ちゃんが今の名無しさん姉ちゃんを見たら泣くよ」
だろうなぁ、と苦笑い。
昔の私はもっと明るくて余裕があって、もう少し素直で。
こんなにパソコンをカチカチと叩いて、仕事をして、年下にケータイを投げつけるような女に成長しているだなんて想像もしなかったからなぁ。
どうせならもっと明るく綺麗に成長したかったわよ私だってさー?
「・・・こんなかわいかったのに、どうして名無しさん姉ちゃんの両親は。」
「はっはっは、言ってなかったっけ?ここに莫大な資金を投じて両親は心中。私はここに預けられた」
社長だったんだけどね、馬鹿みたいに仕事して疲れて疲れきって。死んじゃった。
そう笑うとごめん、とめずらしくマサキが私に謝った。別にいいよ、もう終わった事だよと言ってパソコンのキーを打つ。
「マサキは偉くならなくていいからね。」
「・・・ヒロト兄ちゃんのこと?」
正解、と笑うとしょうがないんじゃないとマサキが言った。
このお日さま園を支えているのは、実質吉良ヒロト社長。
あんなお父様の跡を継いで、基山の名前を捨てて吉良になった彼。
なにがそこまで彼を動かしたのかと思えば頭が痛いが、このお日さま園が理由だろう。
あーあ、なんて遠い幼馴染。
「そーんなにヒロト兄ちゃんのこと好きなわけ?」
「そりゃあ。」
へーぇ、とあきれたようにマサキが顔をしかめたがしかたない。
好きなもんは好きだし、仕方ないし、会えないし、どうしようもない。
どうしようも、ない。
「ヒロトは忙しいから会えるわけないしね」
「前、サッカー見に来てた」
「知ってるよ。あの人は私よりもサッカーが大切だから」
サッカーに勝とうだなんて思わない。
お日さま園のみんなに勝てるだなんて思ってない。
私は彼の優先順位最下位でいいの。
そう言ってまた仕事を再開させるとカワイソー、とまた言葉が投げつけられた。
生意気。
「時々帰ってきても名無しさん姉ちゃん会わないし」
「だってみんなも話したいこといっぱいあるでしょ」
だから私はいいの。
メールがあるから。
電話があるから。
いつでも彼と繋がってるから。
ガラにもなくそう言う。
そしたらマサキは複雑そうに笑って、私に手を伸ばした。
「早く結婚すれば?」
「嫌」
それはないわ、と笑ってパソコンを操作する。
結婚したって、家に帰ってこない夫を待ち続けることができるほど強いわけじゃない。
だから社長なんて地位にいるアイツが嫌なんだ。
いつか壊れて、帰ってくるんじゃないのかと心配になる。
「あ、メール」
「ヒロト兄ちゃんから?」
「っぽいね」
「見せて見せて」
「やだよ」
メールを開くと、そこにはだらだらと書かれた今の仕事の内容と今後の動き。
それと、フィフスセクターの秘密と次いつお日さま園に帰ってくるか。
それと。
ああ、もう。
[台詞だけじゃ物足りない]
わがままだって知ってるし、おつかれさまっていつも笑ってやらなきゃいけないのに。
私がしっかりしてなきゃ、ダメなのに。
「・・・好きだよ、か」
「もー!見ないでってば!!」
「ずるいよな、こんなの。」
マサキが真剣な顔をしてそう言った。
ああ、そうだねずるい。
私ばっかり我慢して。
ムカつく。
「イタ電しちゃえ」
「ホームランを宣言しよう」
「やべぇ野球やりたい」
「ああ、やる?ヒロトが帰ってくる日にさ。
みんなで野球のユニ来てヒロトさんちーすみたいな」
「謎のクオリティ」
そしたら、なにやってるのってきっとあなたは慌てるから。
野球ですけど?って軽く受け流して、笑って笑って。
そしたらきっと彼はなんで言ってくれなかったのって怒るから。
仕返しだもんって笑って、マサキとハイタッチして。
台詞だけじゃなくて。