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□0009:同じ顔をください
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動物園に行こう、と車に無理やり乗せられてしまった。
無駄に大人なんだなと思いつつチラリと名無しさんさんの顔を見ると、少しだけ顔が怖かった。


・・・あれ、俺なんか言ったっけ。






「あの、名無しさんさん・・・本当にいいんですか?
名無しさんさんの彼氏、この前中学生に嫉妬しt「あんな男一回不能になればいいのよ」







ああ、喧嘩中でしたか。




はぁ、とため息をつくと、なによ?と不機嫌な声がとなりから聞こえてきた。



・・・今日一日は機嫌がいいこの人は拝めないかもしれない。



あーあ、彼氏って居場所でこの人を独占できるんだからちょっとくらい夢を見させてくれてもいいのに。





・・・ああ、不機嫌な横顔さえも綺麗だとか、ズルい。






車を運転しながら、名無しさんさんは俺を気遣っていろんな話をしてくれた。

例えば中学のときの話。



風丸一郎太と夜海を見に行って、叱られたとか。

基山ヒロトとデートしたのを尾行されてたとか。




サッカーと、サッカー部員に対する話がやまない。

そして南沢くんは?と聞くもんだから。







「そうですねー・・・あ、倉間って見かけによらず超食うんですよ」

「そうなの?」

「ラーメン3杯くらい平らげます」

「げぇー」






すっごいなぁ、それ。


そう笑う。

俺の話すべてに笑ってくれる。



浜野が廊下で教師に叱られていたことにも、速水がうさぎにビビってたことにも、三国が料理うまいのにも。

兵頭が何気に抜けているところがあったり、一文字はやっぱり一年生だったり、月島が大食いだったり。




そんな話を楽しそうに聞いてくれる。




次は革命選抜の話を聞かせて、と楽しそうにつぶやいた名無しさんさん。

ああ、本当にサッカーが好きなんだろうなぁ。





俺がサッカーを止めた時、一番に駆けつけてくれた。

仕事が終わったらでいい、5分だけ会えませんかというメールにすぐ反応してくれた。

彼女は仕事を放り投げてまでも、俺のところにきてくれたんだ。




大丈夫?なにがあったの?フィフスセクターになにかされた?

そう心配そうに俺に質問をぶつける彼女がとてもかわいくて。





ああ、そうだ黙って下にうつむいたら名無しさんさんは。






『そっか、わかった。辛かったね』







変わっていく雰囲気に耐えられなかったんだね。
わかるよ、すごくわかる。





あの言葉に救われた。

俺が落ち着くまで、いやはじめっから落ち着いてたんだけど。



そうだ、冷静になるまで。
名無しさんさんはずっととなりでいてくれた。

なにも言わないで、なにも聞かないで。




ああ、この人はなんて優しいんだろうと思った。






「で、雪村と総介が喧嘩して・・・」

「背番号で?!あー・・・エースナンバーはほしいよねー。
南沢くんは8番だっけ」

「そうですよ。で、結局雪村が10番で総介が11番」

「ははっ、総介くんが譲ったんだろうなー」






時々革命選抜の練習を見に来てくれる。

差し入れをたくさんもって、俺達に手を振ってくれる。




そのたびに俺は。






「また革命選抜の練習見に行くね。」

「はい、是非。」





この人に心を奪われる。


長い髪を書きあげる仕草。
ボールを見るときの優しい顔。
喧嘩を止める声。



全部に魅了される。


なのに。
あーあ。






「その前に彼氏と仲なおりしてくださいね」

「やだよ!絶対あっちが悪いんだもん!!」






私は悪くないもん!と叫んでキキーッと車を止める。

気が付けばもう動物園についていたらしい。

名無しさんさんは今は南沢くんといるしねと笑ってシートベルトを外した。






ずるい。

ちょっとでも希望があるんじゃないのかと思わされてしまう。



ずるいなあ。






「なんか南沢くんって私の彼氏に似てるなー。」

「なにがです?」

「性格?プライド高くて、でもサッカー大好きで。
素直じゃなくってそれでも一緒にいると楽しいの。」





ずるいなあ。




鞄を持って名無しさんさんは車から出た。
そして早く行こうと笑って俺を促す。




ああ、ずるい。







「俺じゃ、ダメなんでしょ?」

「へ?」

「名無しさんさんは、結局彼氏が好きなんでしょ?」






いくら性格が似てたって、その人にはなれない。
名無しさんさんが好きになってはくれない。


いつも楽しそうに彼の話をする彼女の隣にはいられない。







「南沢くんも好きだよ?」

「そーじゃなくて。」

「ああ、そっか。
そうだね、なんだかんだで。」







[同じ顔をください]





そしたら、もしかしたら、隣にいられるかもなんて。
代わりになれるかもなんて。







「じゃ、行こうか!今日はストレス発散!!」

「ストレスなんてないだろ」

「あるもん!ないほうがおかしいでしょ」






この人には、言えないな。
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