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□0097:好きな人はどこにいますか?
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雪が降っている。
こんな日もきっと彼女は巫女服で庭を掃除しているんだろうか。
そう思うとなんだか彼女を抱きしめてやりたくなる。
がんばったねって頭をなでてやると嬉しそうに笑うのを僕は知っている。
「・・・名無しさん、これはどうしたんだ」
「うっ・・・うう・・・聞いて下さいよ!!バレンタイン前だからってみんなひどいんですよ!!」
「いや、だからこのお菓子の山は」
「紫原くんにあげてください!!みんなお供えとか言って私を神様扱い!!
私にじゃなくて本殿で手をあわせてよ!みたいな!!」
抱きしめるどころじゃなかった。
名無しさんは学校で散々な目に合ったらしく、半泣きで僕に飛びついてきた。
今は部活の帰り道、実は遠回りだけれどかまわない。
あの大晦日から僕は学校で部活がある日はほとんど彼女に会いに来ている。
なんだか目を離すとどこかにふらっと消えて足を怪我していそうなのでもう母親のような気持ちで毎日言葉を交わす。
最近気づいたのは、僕が朝練に向かっていると朝から境内の掃除をしている名無しさんがいるということだ。
「去年私があげたチョコを食べた子たちが告白成功したとかが噂になっちゃってますし最悪ですよ。
お父さんなんてバレンタイン前日にオリジナルチョコ売るとか言いだしちゃって。」
「大変だね。手作りって聞いたんだけど」
「手作りはさすがに衛生的に売り物にならないので。
ただ予約が殺到してますし販売日当日のお客様の数を予想するだけでスーッと意識が遠のいていくんですよ・・・。
お父さんは大儲けだって言ってますけど売り子する私の気持ちにもなってほしいです・・・」
最近たまった鬱憤を一気に吐き出す。
そしてため息を吐いて終わり。
「前日なんて、友達にあげるチョコ作るのに忙しいのに・・・」
「娘のことなんて考えてないさ。名無しさんはがんばりすぎるからね。」
「そうですか?けっこう息抜いて生きてるつもりだったんですけど」
毎朝毎夕境内の掃除をして一日一個大晦日に売るためのお守りを手作りして。
そんな彼女が息を抜いて生きているなんてありえない。
というかテスト前日でも余裕でお守りを作っていると聞いてびっくりした。
成績は聞かないでと笑っていたけれど、前のテスト期間にはフラフラで学校に向かっていたのを目撃している。
・・・まるで、僕らだ。
「当たり前になっちゃったら、そこからはもうどうでもいいんです。
やらないと気が済まなくなる。
赤司さんもバスケしてないとムズムズするでしょ?」
「そうだね、一緒だ」
気づいていただけただろうが、いまだに赤司さん呼びだ。
敦や黄瀬はくん付けなのに!というか僕だけ!!さん付け!!!
一番仲いいと思ってるのは僕だけなのか!!
「今年はバレンタイン忙しいんですよ・・・いや毎年暇なんですけどね」
「バレンタインか、いい思い出がないな」
「赤司さんモテますもんね。毎年チョコいっぱい貰うんじゃないんですか?」
「全部敦にあげるけどね」
「え、ごめんなさいそれは最低だと思うんですけど」
真正面からこの子に最低だと言われた人間がかつていただろうか。
僕だよ、今言われたよ。
「甘いものは苦手でね!食べきれなくて捨てるより食べてくれる敦のほうがいいかなって!!」
「う・・・そう言われるとそうですよね・・・。
でも一口だけでも食べてあげてほしいです・・・一応私縁結びの神社の巫女なので・・・」
縁結びの神社の巫女、か。
そのことがいつも耳に引っかかる。
縁結びのお守りなんて気休めだし持っているだけで絶対に結ばれるなんてことはありえない。
努力した人だけが報われる。
それを知っている名無しさんだからこそ言う。
僕に残酷だと突きつける。
「いっそ彼女さんを作ってみてはいかがですか?そうしたら他の子たちも・・・」
「そうだね、でも僕の想い人は簡単には僕になびいてくれなくてね。
僕も被害者の一部なんだ」
「そう、ですね・・・すいませんでした」
君は残酷だ。
こんなにも無邪気に彼女は作らないのか、他の女の子がかわいそうだと僕を捲し立てる。
僕が好きなのは、君なのに。
「バレンタイン、もらえるといいですね!その想い人から!
あ、お祓いしましょうか?」
「いや、いいよ。それに今年はあまりチョコは受け取らないつもりなんだ。
去年は想い人なんていなかったけれど今年は本命がいるからね」
この想いに気づいたのは一か月前。
受験生であふれかえる神社で学業守りを売っている名無しさんを見て、改めて思ったのだ。
かわいいと、ついでに僕のものにしたいと。
思い通りにいかないことがこんなにも難しいことだとは思わなかった。
こんなにも楽しいことだと思わなかった。
彼女はいつも輝いている。
そう思った。
「名無しさんは本命を渡すのかい?」
「えっ?!へっ?!あ、え?ほ、本命なんていませんてば!!
だから私、ここの巫女なので失恋とかしゃれにならないんですって何度伝えましたっけ?!」
「ごめん、これで14回目だ」
「もー!!」
「ごめんごめん。自分の恋の話になると慌てる君がかわいくてね」
大晦日の日は淡々と自分の価値観について語っていた名無しさんだが、この2か月で少し変わった。
本命がいるのかと聞けば顔を赤くしていないと答える。
・・・僕の目には、全部見えているんだけどね。
「じゃあ、そろそろ帰るよ。お父様の視線が痛いしね」
「えっ?・・・いつから見てたのあの人」
「割と最初から」
「言ってくださいよ!!」
恥ずかしいなぁもうと呟く彼女がかわいいと思った。
ああ、バレンタインの日が近い。
いいんだ、自分から逃げたんだから。
甘いものが苦手とか、嘘なんかついて。
貰えなかったときの言い訳にしようとしている自分がいてムカついた。
「見てー!!チョコ買えたのー!!!!」
「名無しさんんところか。俺も連れてけよさつき」
「周り女の子ばっかりで男一人もいなかったのに連れていけないよ!
でも買えたのー!!絶対成功するわけじゃないですから!って言う名無しさんちゃんかわいかったー!!」
バレンタイン前日。
今日は女子が少ないと思っていたら桃井が放課後に登校してきた。
・・・おいおい、チョコを買いに行っていたのか。
「がんばってくださいねって笑ってくれたのー!!」
「桃っちズルいッス!!なんで俺も誘ってくれなかったんスか!!
名無しさんっちに俺も会いたかったッス!!」
「いや、君はどのみちモデルの仕事だったでしょう」
「名無しさんちん元気だった〜?」
「名無しさんは元気なのだよ。毎朝参拝しにいくのだが今日も手を振ってくれたのだよ」
「緑間そんなことしてたの?!馬鹿なの?!」
「運気が上がったのだよ・・・」
「名無しさんすげぇ!!」
お前らバスケしろ。
「ねー、赤ちーん」
「なんだ、敦」
「明日楽しみだねー」
「そうだな、敦は餌付け的な意味でたくさんもらうからな」
「違げーしー。名無しさんちんから赤ちんがチョコもらえるかどうかだしー」
それを聞いて、なんだか糸が切れた気がした。
そうだ、明日か。
「お前ら真面目にしないとメニュー5倍にするぞ」
「バスケ楽しいいいいいいいいい!!!」
「ヒュー!!!黒子っちパスッスー!!」
「緑間くん決めてください!!」
「任されたのだよ!!!」
「ナイッシューミドチンー!!!!」
そうか、明日なんだ。