NOVAL

□stairs 2
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「半田君なら書庫に行ったわよ」

委員会を終えて終了も間近に迫った図書室で透を探していた愛美は、顔馴染みになってしまった図書委員に当然のように言われ曖昧な笑顔を返した。何時の間にやら二人が付き合い始めたことが公然になっている。
当事者である自分より先に周囲のほうがその関係に馴染んでいるなんて言うのは、やはりおかしな気分だ。

親切な図書委員の誘導に従って、初めて足を踏み入れた”書庫”と言う場所は、染み入るような静寂と埃っぽい古書の匂いに包まれた不思議な空間だった。整然と並べられた書架は開架式の図書室のそれと違って、閲覧されるのを拒むかのように高く聳え立ち。狭い室内を迷路のように区切っている。そもそも書架とは。一般生徒はそうそう入れない所ではなかっただろうか。書架に収められた本の背表紙には、「持出禁」の赤地に金文字と重々しいシールが全てに貼られていて、その古めかしいデザインはなんとなく堅固な中世の城をイメージさせた。


隅に寄せられた作業机の上には、書籍補修用のテープや保護シール、索引カード、鋏やボールペンなどの文房具と図書関係の道具が散乱しており、それらはこの書庫にあって唯一自分が図書室に隣接している、普段は立ち入ることの無い倉庫兼作業用の部屋に居るに過ぎないのだという実感を与えてくれるものだった。机に散乱したそれらに埃がだいぶ被っている状況からして、図書委員ですら、最近は殆ど入っていないらしい。

そんな所に、彼はいるらしい。なんとも”物好き”だ。

愛美は極力足音を立てないように、気を配りながら(何しろここは静かすぎるから、どうしても五月蠅くする事は”悪い事”だと思ってしまう)書架の間を覗きこみつつ、ゆっくりと歩みを進めた。一歩進むごとに床に積み重なった時間がふうわりと舞い上がる気がした。
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