NOVAL

□fickle
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「そうそう、相変わらず待たされてばっかりよ…」

放課後、特別教室で行われた再試験。名前を変えた補習と言う所。透は三週間ほど事件の犯人を追って渡米していた。普通なら、花丸優秀生徒の透には補習という言葉は全く縁が無いが、事件の為ほぼ半月学校に行っていなかった、その感を埋める授業なのだ。授業終わりに行われた試験も一発合格で、足取りも軽く非常階段を下りていた俺は、階下から聞こえる声にふと足をとめた。

ひょいと手すり越しに覗き込むと、二つ下の階踊り場には、柔らかく風に揺れる見慣れた亜麻色の髪の毛。どうやら手すりに凭れながら携帯で誰かと話しこんでいるらしい。そんな所で電話していたら、周りに人が見えなくても上下からは丸聞こえだろう?

その無防備さに苦笑しつつ、そんじゃ早々にお姫様を迎えに参上しねーとな、なんて階段を下りる足取りを速めようとした矢先、続けて発せられた愛美の言葉に俺は再び一時停止を余儀なくされた。

「…え?浮気? ふふ、そーね、それもいいかもね」

おいおいおい、「たまには浮気でもしちゃえば?」なんて言われてるのか?ふざけんな電話相手。そりゃ事件とか事件とか事件とか、愛美を一人ぼっちにさせたり待たせているのは悪いと思ってる。補習の為に待たせていたくらいで浮気なんてされたらたまったもんじゃない。

「えー?今彼と元彼?悩んじゃうなあ…だって比べられないもの」

今彼=俺、元彼=優
電話相手は、愛美の恋愛遍歴を熟知しているらしい。鈴の音のような心地よい可愛らしい声が、悪戯に悩んでいる。

「一緒に迫られたら? 無理無理!逃げちゃうかもなあ」
愛美が優を切り捨てられない、なんて分かり切っているけどやはり比べられたり、誤魔化されたりすると辛い。其の事は十分、愛美は知っている筈だ。
「え、透が浮気で優が本命? きゃー浮気じゃない。あーでもね、二股はね、しんどいでしょ?やだな」

「しんどい」?「しんどそう」じゃなくて「しんどい」なんだな?え?そこんとこどーなんだよ。

「…ううん、してないよ。してないけど…」
愛美の電話相手も俺と同じ所を突っ込んだらしい。ナイス電話相手。しかし「してないけど」ってのも気になるな。してない「けど」揺らいだってことか? 「けど」で止めんなっての。
ほんの少し開いた言葉の間に、ものすご勢いで愛美に好意を寄せていた男達の顔が脳内を過ぎていく。
ハハ… 我ながら物凄い嫉妬深い。オーケイ、それは認めよう。完全に開き直って音を立てないようにそっと階段を降り、愛美の前上に当たる踊り場に腰を下ろすと、俺は胡坐をかいた上に頬杖を着いた。
この際だ、ゆっっっっくり聞かせて貰おうじゃねーか。

「勿論、考えた事あるよ。透と優の事、でも結局結論でなかったし。あ、…この間ね夢見たの、二股かける夢」
ほお―――――。 夢って結構深層心理を反映してたりするんじゃねーの?

「ふふ、相手?気になる?すっごい話なんだけど聞いてくれる?」
聞く聞く、勿論聞く。聞きます。

「あのね、ほら透って事件に関っている時はすっごく大人ぶってたりするでしょ?…うん、そりゃ確かにそういうのって恰好いいなーとか思っちゃうけど、でも、フツーにしてる時って呆れるくらい青子より子供だったりするのよ。本当にくだらないことですぐ拗ねたりするし。……そうそう、翔くんとケーキ取りあってもめたりね」

………悪かったな。

「でね、その二股の夢なんだけど…………あーやっぱりこの話止めていい?なんか恥ずかしくなってきた」
いいわけねーだろう。ヘンな所でためね―でさっさと話せっての!
電話相手にもせっつかれたらしく、少し声を抑えてくすくす笑いながら愛美が話を続ける。

「相手はね、透なの、うん。両方とも透。大人っぽい方と子供っぽい方。しかも二股かけてるのを大人っぽい方の透は気がついてて、すっごい悲しそうな顔するの。それをみて、ああこの人を悲しませたくないって思うの。子供っぽい方の透は何も分かって無くてすごく私の事を信頼してる目で見るの。それをみて、ああこの人を裏切るなんてできないって思うの。二人ともすごく好きで、すごく悲しかったの、ほんとだよ。だからね、目が覚めた時に本当に透が一人でよかった――――って思ったんだ。馬鹿でしょ?」

…ホントに、全く、オメーって奴は…。

「これって惚気だよねー」なんて言いながら照れたようにきゃっきゃと笑う声を聞きつつ、俺はそっと非常階段を後にした。

とりあえず冷たい水で顔を洗って出直さなくては、お姫様を迎えに行く事さえできそうにない。
 

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