NOVAL

□私の彼は
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春の風とは言えない、生温い風が頬を撫でる。
初夏が近づき、日々を過ごすのにも楽になってきた頃。




その週末は、同じように始まった。
平日よりも少し遅く起きて、朝ごはん3人分を用意し始める。
朝ごはんが粗方出来あがったら、朝寝坊仕掛けているお父さんを起こして、食事を取る。
探偵の仕事をするか、競馬場に行くか、麻雀しに行くお父さんを見送って、朝ごはんの片づけを開始。それと同時に洗濯機のスイッチを入れる。
丁度皿を全て拭き終わり戸棚に仕舞った頃に、洗濯機が鳴って、洗濯された服を干す。
服を干し終えたら今度は掃除。
家じゅうを掃除するのは骨が折れてしまうから、週ごとにやる場所を決めておいて。
今週は洗面所と風呂場。
それが終わったら家の事はおしまい。


自分の身なりを整えて、薄く化粧して髪をセットして、朝ごはんの残った一人前を紙袋に詰めて、出かける。



一応メールで「これから向かうね」と送るけど、多分向こうは気づかないから意味を成さない。







初夏の風に吹かれながら、徒歩五分。




そこに最愛の人の家が在る。


ちょっと前まではこの家に来て、暫く渋ってから門前のチャイムを鳴らしていたんだけど、彼の許し(というか言いつけ)もあってもうチャイムは鳴らさずに、門を通る。
と言っても、少々気が引ける。



重たい鉄の門を開け、若干長いポーチを横切り、木製の洋館風玄関に辿りつく。
まずは一旦ドアノブを引いてみて、あかないことを確認する。それから、肩に下がるバッグから出した“愛鍵”で中に入る。







「よお、蘭」

玄関に上がり、寝室にいるものだと思い込み真直ぐ階段を上がって行こうとすると、カップを持った彼がリビングから顔を覗かせた。


「新一、起きてたの?めずらしー」

登りかけた階段を戻り、リビングに入った。
リビングは、彼の淹れたブラックコーヒーの苦く香ばしい匂いが充満していた。
朝のぼんやりした頭を冴えさせるにはもってこいの匂いだった。


蘭の皮肉に、彼:工藤新一 は眉間に皺を寄せて、口を尖らせた。どうやら心外だったらしい。
飲み干したコーヒーカップをカウンターに置いて、未だ寝ぐせの残る髪を掻いて言う。

「悪かったな、珍しくて。今日は思う事があったんだよ。蘭来るってメール着たし」

寝ぐせが残る所を見ると、今しがた起きたようだけれど…
先程メールにも、気づいたようだ。

「…もしかしてなんか用事あった? ごめん、少ししたら帰るね。」

“思う事”が事件の調べ物の為の図書館とか仕事に関するものだと考えた蘭は、詫びた。
しかし新一の“思う事”は違ったらしく、そして何故か頬を赤らめた。

「ち、ちげーよ…お前は帰らなくていい」

「そうなの?あ、小説?それとも掃除?ご飯
?大丈夫、ご飯は作ってきたから」

「ちげーって。あ、ご飯はいるけど…」

「ちゃちゃっと作ったものだから、豪勢じゃないけど、ハイ朝ごはん」

手にぶら下げていたどこぞのブランドの紙袋を新一に手渡した。新一は紙袋の中身を覗くと頬を緩ませた。

「おお、BLTサンド…食いたかったんだよな、久しぶりに」

「そう言うかと思って。最近作って無かったから。サラダとヨーグルトもあるよ」

BLTサンドはちゃんと野菜も入ってるけれど、それだけじゃ栄養として足りない。
新一は普段から偏食家のため、こういう所からさり気にバランスよく摂取させなければならない。

テーブルに包んできた朝食達を並べ、其処に新一が持ってきたブラックコーヒーが追加され、ブランチの完成。

「いただきます。」

「召し上がれ」

新一が座り、蘭は向かい側に座る。

新一が蘭の為に慣れないカフェオレを淹れてくれて、蘭はそれを飲みながら、美味しそうにサンドイッチをほおばる新一を見る。







サンドとサラダを平らげ、ヨーグルトに手を掛けた所で、新一が話しを切り替えた。

「ところでよ、 オメー今日は一日予定はねーよな?」

「まあ…ないけど。あ、でも新一そろそろ部屋の掃除しないと…」

「其れはいいよ、昨日のうちにやったからよ。予定は特にねえんだな?」

「うん、ないよ」

「デートしよう」

ないよ、とデートしよう、の一言はほぼ同時だった。蘭は言い終えて驚く声を上げた。

「え?」

「なんだよ、嫌なのか?」

「ち、違うよ、嬉しいよ。ただ、吃驚しただけ。あんまりストレートだから」

余りデートしよう、なんて直球で今まで来なかったから可笑しくて、笑ってしまう。
笑われて恥ずかしくなって顔を赤くする新一が可笑しくて、更に笑ってしまい。

「行くのか?行かねえのか?」

「行きます」


笑われてちょっと怒り気味な新一と、今日はデート。
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