NOVAL

□僕の彼女は
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「ごめんね、新一…私、私、他に好きな人が居るの!!」

蘭の作った夕飯を二人で食べる、楽しい時間。
突然蘭が握っていた箸を乱雑にテーブルに置き、何事かと尋ねると、単刀直入にそう話した。

温かなカボチャポタージュをすくう為、握っていたスプーンを、綺麗に新一は滑り落とした。
いきなり静かになったリビングに、落ちたステンレス製のスプーンのカチャン、という落下音がよく響いた。


「…マジで言ってんの?」

今日はエイプリルフールでも、記念日でも、誕生日でもない。
蘭の雰囲気から、この間のデートが事件で潰されたのを怒っているようでもないし…。
この蘭の「嘘」が出てくる理由を、探してみたが思い当たる所は何もない。
ましてや気がつかない所で傷つけていたとしても、理由を言わずにそれを根に持ってグチグチ言うめんどくさい女性ではない。


―――――しかし、問題発言をした蘭がどうにも嘘を吐いているようには全く見えない。
唇をやや噛締め、新一の瞳を真直ぐに見据えている。

「…嘘、吐いているように見える?」

「…信じたくないが、見えない」

「…なら、真実なんじゃない?」

小首を傾げて笑った蘭だが、目はまだ新一を見つめていて、この場の雰囲気にプラスに成る感情を含めさせていなかった。

「………で?」

「私、好きな人が出来たの。だからもう新一をは居られないの。恋人としても、幼馴染としても。」

「…気持ちは変わんないのか」

ピーンポーン…

蘭に問うた答えが返ってくる前に、家の呼び鈴が鳴った。呼び鈴に蘭は瞬間前までの雰囲気をがらりと変えて、嬉しそうに玄関に駆けて行った。

「おいっ、蘭!?」

此れで引き下がるわけにはいかない。

慌てて蘭を追うと、既に蘭は問題の“好きな男”と腕を組み玄関とポーチを出て、門扉を開け放つ所だった。


「蘭っ、待てよ!」

明らか自分は追いかける為走っているのに、前のゆっくり歩く二人に追いつかない。
それどころか、ウォークマシンのようにどんどん遅くなり進まず、蘭が視界から消えて行く。

「ごめんね〜新一〜〜しあわせにね〜!」

振り返った蘭は、新一と目を合わせると、手をひらひら振って、あっけらかんに叫んだ。


「らぁぁぁぁんっ」

どんなに大声で叫んでも、蘭はそれっきり振り返らない。




そうして蘭は、向こうの角に消えて行った。
残ったのは、何故か身が動かなくなった己のみ。冷たい木枯らしが、心に空いた穴を通り抜ける。


悲しみと怒りと愛しさと憎しさと苦しさと哀しさと切なさと。やりようのない大きな感情をどうしていいか分からず、本能のままに口からぶちまけた。


「あぁああぁあぁああぁあああああぁぁあああぁあぁ!!!」









ドタッ




「ああああ…って、え?」

感覚の無くなった体に突然痛みを感じ、目を覚ました。
目の前には、見覚えのある感触の、青緑の布地。

縦に広がる家具達を見回して、それが自分の部屋だと気付いた。
時刻は7:00
遮光カーテンの隙間から、朝日が差し込んできて、寝ぼけた新一の脳内も覚めて来た。




「………ゆ、夢…」


なんて縁起でもない夢。
最近考えていた事に加え、昨日の事。情けないが精神的に来ていたのだろう、だからあんな夢を―――


ピーンポーン

「うわぁぁぁぁっ!!!」

突然鳴り響いた家の呼び鈴は、悪夢の呼び鈴と同じ音。夢の恐ろしさが未だ消えない新一は図らずも大声を上げてしまった。

其の驚いた声に、鈴を鳴らした相手も驚いて我を忘れて部屋に飛び込んできた。

「しっ、新一!? 何かあったの?!!」

制服姿の蘭が息を切らして、新一の部屋のドアを開け放ち、床に伸びる主に駆け寄る。
柔らかな髪と共に、優しい匂いに包まれ其処で我に帰る。

「はっ、蘭…!」

「大丈夫?凄い汗…」

新一の背をさすりながら、ポケットから出したハンカチで新一の額に出た脂汗を拭きとってくれている。
息を整え、心配そうに覗きこむ蘭を見た。

「どっか痛いの?具合悪いの?」

「いや、大丈夫なんだ、瑣末な問題だから…」

「…悪い夢でも見た?」

「へっ!?」

「図星かあ。へー、新一でも悪い夢見るのね」

「…悪いかよ」

「ううん、私もよく見るよ。新一がまたいなくなっちゃう夢とか、死んじゃう夢とか…」

「蘭…」

自身が汗ばんでいる事をすっかり忘れて、蘭を抱き寄せた。蘭が膝を立てていた為、新一の頭が丁度胸に収まる形に成っている。

柔らかな感触と共に、己を落ち着かせる匂いが全身にいきわたる。

「新、一…」

蘭もまた、新一の感触に安堵を感じているようだった。



















縁起でもない夢を見た


其の放課後――――







特に放課後の学校に用事のない二人はさっさと帰宅し、何時も通り新一の家のリビングで寛いでいた。

がしかし、今日の新一の行動が不可解過ぎて、原因だと思われる夢の内容を蘭に問い詰められ、全てを白状した。

そして今向かい側のソファに座っている蘭は、

「馬鹿ね、そんなことする筈ないじゃない!」

と全くの白、という笑顔を見せてくれた。
確かに蘭は新一と恋人関係でありながら、好きな人を作るなど器用な女性じゃない。増してや少々古風な思考の為、夢のような別れをするのなら決死の覚悟なんだと思いだした。

蘭に対する不安は消え去ったわけだ。





「蘭、何してんだ?」

「なにって、手帳にメモしてるのよ!」

近寄って見ると確かにそれはスケジュール手帳で、人格を表すような綺麗で丁寧な文字が並んでいた。
大体は新一や園子、母親や父親、宮野(灰原)との遊びに行く予定が書き込まれている。(“新一と”と“園子と”の予定が同等で嫉妬心が生まれたが)

ふと、今週の日曜の予定に目が走った。
それ以外とは違い、急いでいたか、悩みが生じていたかだろうが、走り書きだった。
逆さで少々読みにくいが、其処には「中澤君と駅前13:00〜」と書き込まれていた。

何をするかは分からないが、中澤と言えばアイツしかいなかった。

「おい蘭、これ…」

「え?なに?」

「いや、なんでもねー つか、腹減った。夕飯作ってくれよ、蘭ー」

「あ、もう5時過ぎてる!じゃあ作るね!」

可愛いパステルカラーの手帳を閉じ、鞄に仕舞いこむと違和感なくキッチンにすべり込んでいった。







『中澤と予定。13:00、ね…』

何をするかまでは書き込まれていない為、疑心になるのはまだ早いが、自分に好意を持つ部活の後輩(異性)と二人きりで会うのは、怪しい。
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