NOVAL
□僕の彼女は
5ページ/8ページ
問題の週末――――
燦々と晴れた日曜、雲一つない空の下で嫉妬と言う名の雲を作る男が居た。
『駅前に13:00』
このあたりで駅、人との待ち合わせでよくつかわれる所と言えば、米花駅しかない。
日本が誇る名探偵工藤新一は、其処・米花駅に居た。
電車に乗る訳でもない。バスに乗る訳でもない。人を待つわけでも、駅前のコンビニに寄る訳でもない。
わざわざ今日と言う日の為に新調した服に掛けたマスクが浮いている。
――――今日は蘭と中澤の奴を尾行する!
コートのポケットに仕舞われた携帯を取り出し、ディスプレイの時刻が「12:55」と表示されているのを確認して、休日のため人出の多い駅前広場を見渡す。
律義な蘭の事だから、約束の時刻に遅れる様な事は絶対にしない。遅くても約束の時刻の5分前には其の場所に着いている筈だ。
『己に蘭の姿が見つけられないわけがない』そう過信しているせいもあるが、見渡してすぐ蘭を見つけることが出来た。
広場の中心部にやってきた蘭はベージュ地に桃赤花柄のチュニックワンピースにキャメルのパンプス。ワンピースからすらりと伸びた細い足をオーバーニーで纏っている蘭は、薄めに化粧を施している。
決して派手ではないが、蘭の特徴に見合っている。
清廉とした蘭の装いに惚れ惚れとしたが、この今日の服装は自分の為に着込んだ物ではないと思いだし、苦虫を踏んだ気分になった。
蘭は其の細い手首に着けた桃色の時計に何回か目を走らせ、約束した人物がまだかと広場の中心部で周囲を見渡していた。
時刻は13:15
『遅刻じゃねえか、待たせてんじゃねえよ』
自分は事件だの寝坊だのと15分どころか1時間約束自体取りやめにして、蘭を待ちぼうけさせたりしていることは棚に上げて、未だ姿を現さない中澤に悪態を吐いた。
すると駅前のロータリーにバスがやってきた。止まって降車したバス停の客の並びようからすると、遅延していたのか。
僅かに目を走らせただけで、いくつか憶測を浮かばせていると、その遅延したらしいバスから彼奴が現れた。
「毛利先輩!」
バスの窓から駅前の様子を見ていたらしい中澤は、バスから降りると広場の中心部で待ちぼうけていた蘭一直線に駆け寄った。
呼ぶ声に蘭も、そのほうを向き歩み寄る。
「すいません、バスが遅れてて」
「いいよ、そんなに遅れた訳じゃないし。気にしないで」
「ハイ、先輩優しいっすね、やっぱり」
ちらりと見せた蘭の柔らかな笑顔に、中澤は頬を赤らめて笑顔で応えた。
「そう?」
「ハイ、じゃ、行きましょうか」
片耳にはめたイヤホンからノイズは全て消された人声のみの音声が流れる。
…なんで数メートル離れた二人の会話がこうもはっきり聞こえるのか
それは新一が蘭の手帳を見て、今日の日の予定を知った日に遡る。
蘭が晩御飯の支度にキッチンに向かった後、料理のとき邪魔だからと外したよく使う時計がテーブルにあるのが目に入った。
中澤との約束に尾行しようと決めたが、空手を嗜む蘭が良からぬ(新一の)気配を感じ取らないとも言い切れない為、考えた結果(数秒)以前警察に協力し尾行調査を行った際に貰った盗聴機械を、時計と携帯のストラップに取り付けた。
最新の盗聴・盗撮機械は近づいて良く見ないと分からないくらいに小さく、紛れこめる代物が存在する。
ましてや尾行・追跡捜査の多い警察なら最新機械は豊富だった。
蘭の時計と携帯に付けた其れも、手に持って目前に運ばないと確認できない。
先程時計を何度も蘭は確認していたが、二人の会話が聞き取れると言う事は蘭にばれていないらしい。
「何処に行くの?相談って何?」
「まあ何処に行くかは着けばわかります。相談はもう少し人気のない所で。」
どうやら中澤は蘭を“相談したい”という口実で誘ったらしい。
よくある誘いの文句だが蘭は恋愛に関して疎いから、“相談したい”の奥に潜む意味に気付かなかったらしいが…
先輩と後輩らしい会話を続けながら、二人は歩き始めた。