NOVAL

□summer love
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シャワーを浴び、すっきりとした体と面持ちでリビングに戻る。
「お帰りなさい、透。」
寝起きで声が少し掠れている。柔らかく微笑んでいる愛美は扉正面のソファにちょこんと両足を揃えて座り、リビングの扉を開けた透を出迎えた。その笑顔に此方も笑んでしまう。
全身汗をかいていた透は、体も頭も全て洗った為、頭の上にブラウンのバスタオルを被ってがしがしと水気を取っていた。タオルの隙間から顔を覗かせて、恋人の姿を見た。
ミニスカートから伸びる素足はつるつるで足首はきゅっと括れている。否、足首だけじゃない。ウエストだって手首だって括れていて、それでいて男性諸君の大半が願い望む部分は、ちゃんと出ているのだから、一体どういう神秘なのだろう。不思議なくらい綺麗なのだ。透は無意識に愛美との距離をどんどん詰めて行き、とうとうその前にしゃがみ込んだ。本当は隣に座りたかったが、愛美が転寝していたのが一人掛けソファだったので、仕方なく儚い可愛らしい姫に傅く様にしゃがみ込んだのだ。
「ただいま、愛美」
「ちゃんと頭吹きなさいね、未だ十分に拭けてないよ」
未だ水が滴っている透の髪に、愛美の指が触れる。と優しく頭に掛かったタオルで拭いてくれる。透はその手を取って唇に持っていくと、白い陶器のような肌に包まれた細く伸びた指に触れるだけの口づけをした。強張る様に意地悪い顔をして唇を突きだす。
「なあ、おかえりなさいのキス、は?」
「ふふっ、変な顔! 全然恰好良くなぁい!」
朝陽の中の小鳥が囀るのが心地良いと感じるように、心地よい笑い声と顔の愛美が居て己をからかう。しかし欲しいものが与えられず駄々小僧みたいに不機嫌な顔になった透に、愛美は身を寄せてその頬にキスをした。事件に関っている時はあんなにも恰好良く決めているのに、愛美の目の前になると途端に年相応の気持ちを隠せない真っ正直な少年になってしまう。当然、透の機嫌は直らない。
「なんで、そっちなんだよ。」
「だって、場所の希望は聞いていないもの。」
また同じく心地よい笑顔で透をからかう。面白がって透の訴えを退けた。”分かっている癖に”と透が苦し紛れに呟くと、宥めるように頭を二回叩かれる。まるで母親とその息子だ。透にとって面白くなかった。
「んじゃ、もう一度、ここがいい。」
真っ直ぐ愛美の瞳を見つめて、はっきりと自分の唇を指さし、もう一度と愛美に強請ると、愛美は分からないと言うように首を傾げるのみで動こうとしない。
本日は出血大サービスで二度も呼出要請に応えてこの炎天下の中、血生臭い事件に関ってちゃんと解決して疲れて帰ってきて、こんなささやかな願いが叶えられないなんて、理不尽だと透は憤る。無言のおねだりは次第にその様相を変え、終いには無言の脅迫と言っても差し支えないという状態になった。
愛美は子供っぽいその変化にくすくすと笑いを零しながらも、ちっとも動こうとしない。
「なんだよ、嫌なのかよ?」
不貞腐れた低い声に応えるのは、声を潜めた笑い声だけ。結局実力行使で伸びあがった透に、愛美の体は捉えられてしまう。透に少々乱暴に唇を塞がれる羽目となった。
「ん…」
頬に口づけしたよりも色っぽい声が愛美の口より居出る。深く繋がろうとする透の性急な舌が可憐な一語色の唇を舐め、閉じられた唇の隙間に潜り込もうとする。面白がって頑なに透を拒みながら楽しそうに身を捩って逃げようとする愛美に、透は駄々を捏ねる様に自分より一回り小さい身体をやみくもに引き寄せて肌を弄る。
「あっ、くすぐったいってば!!」
腕をつっかえ棒にして、透の固い夾番を押し退けて唇を離した愛美が精一杯の抗議の声を上げる。しかし透の耳には可愛らしい甘い媚薬にしかならない。続けて口にしようとした言葉は直ぐに透の唇に吸い取られてしまった。焦れたように軽く唇に食いつかれて、骨ばった手の平が自分の言う事を聞かせようと胸のあたりで不穏な動きをするに居たって、暫く愛美は唇をそおっと開いた。意地わるしたお返しと言うように、押し入った厚い舌が愛美の舌を絡め取って傍若無人に這い回る。微笑んだまま好きにさせていた愛美も、次第に気持ちが快楽にゆるく溶けだして力無く透に身体を預ける様になっていた。




「…全然おかえりなさいのキスっていう可愛らしさが無い。そもそもそういうキスは軽いものなんだから。」
米国の文化生まれの愛美は、くったりと身体を背後の透に預けて、ぼそりと呟く。透は耳の後ろ側の肌にキスを幾つも落としながら、聞こえないふりをした。するとむ、とした愛美が憎たらしくなった透の太ももを容赦なくつねり、ほんのちょっと溜飲をあげたのだった。
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