NOVAL

□stairs 2
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はらりとページを捲る音が徐々に近くなり、心なしか気持ちが急いだ。

 幾度かの空振りの末、辿り着いた通路の奥うっすらと日が差し込む窓際に彼はいた。脚立の上に座り込んだまま数冊の書籍を膝の上に置いて重ね。それぞれの必要部分を手帳に書き写している最中らしい。恐らく今携わっている事件の資料集めだろう。長めの前髪から時折のぞく瞳は忙しなく文字を追い、ペンを走らせる骨ばった、しかししなやかな指先は澱みを知らない。

ちらちらと埃が舞う緩やかな逆光に佇む横顔が、酷く端正に見えて、愛美はいささか動揺した。
我知らず、心臓の鼓動が速くなる。



 しばらくすると、愛美が声をかけるタイミングを逃したにも関らず、ふっと動作を止めて透が顔を上げた。そのまま不思議そうな眼をして通路の入り口に立ち尽くしている愛美を見つめる。真っ直ぐで熱いその瞳を直視できず、愛美は思わず視線を外すようにして顔を背けた。と同じくして動揺を誤魔化す為に書架に並ぶ古びた背表紙を眺めながら、透の元に歩み寄る。

「なに、惚れ直してた?」

脚立の上から余裕綽々の笑みと共に、囁くような声が降り注いだ。そう、ここは書架だから、静かに喋るのだ。
バーカ! そんなことあるわけないでしょ! とほんの数秒前なら無理矢理にでも返せた。でもそんな軽口にさえどう返答していいのか分からない。事実、惚れ直してしまっていた。愛美はしばし逡巡してからこくん、と小さく頷いた。同時に一気に頬が熱くなる。

「…オメーなぁー…」

独特の口調の呆れたような声にちらりと視線を上げると、透は愛美に背を向けて、書架から分厚い本を取り出し、無言で愛美にそれを差し出した。当然愛美は其れを腕に抱く。しかし疑問符が浮かんでいる。

「え?」
「コピー取るから、持ってて。」

返事をする間もなく、どかどかと同じような分厚い本が愛美の腕に積まれて行く。

「ち、ちょっと…どれだけコピー取るつもり?」
「重いか?」

重いか? じゃない。片手じゃ持てないような厚さの本が何冊もあるのだ、重いに決まっている。
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