NOVAL

□stairs 2
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狼狽しつつ透はふり仰ぐ愛美を楽しそうに見下ろすと、透はうず高く積まれた本の上に最後の一冊、薄めの冊子をぽんと置いた。それから指先で上から愛美の額を押して顔を寄せ、触れる様に軽く、キスをした。

「……っ!?」
唐突に訪れた、冷たい唇の感触が胸の奥を擽る。かぁ、と一気に顔が熱を持つ。心拍数が急激に増えて、眩暈がしそうだ。反射的に身を引こうとした所でぐいと型を抑えつけられ、身動きが取れなくなった。透は真っ赤になって俯こうとしている愛美の頭を抱え込むようにして強引に顎を引き上げると、深い眼差しで、じっと愛美の瞳を見つめた。
二度三度軽く啄ばむように唇を触れさせてから、ゆっくりと深く、唇を重ねる。何度も角度を変えて重ねられる唇に、執拗に絡められる舌先に、思考がぐちゃぐちゃに掻き回されて頭の中がショートしそうになる。
 どのくらいそうしていたかわからない。数分かもしれないし、数秒かもしれない。時間の感覚は完全に使い物にならなくなっていた。やっと透の腕と唇から解放され。ふぅ、と息をつきながら書架に凭れた愛美の耳元で「いつまでも俺が紳士でいると思ったら大間違いだかんな」と透が小さく囁いた。
愛美が力なく目を上げると、脚立から下りた透は愛美の腕の中に積まれた本の上からひょいと一冊、最後に乗せたあの薄い冊子を取り上げ後ろ手に手を振った。

「じゃ、コピー取ってくるから、そこで待っとけ。」
「え?他のこれは?」

何事も無かったかのように振舞う透に面食らいながらも、愛美は慌てて声を上げた。腕の中に何冊もの本を抱えたまま呆然とする愛美を透は、きょとんとした顔で振り返り、それからぷっと吹き出した。

「…まだ分かって無かったのか?」

堪え切れないと言うように書架に体を預け、くっくっ…と肩を震わせる透を見て、愛美はやっと自分が変えている本ンの意味を悟った。全ては前の瞬間の為の、愛美を大人しく拘束させる為の術、ああいう雰囲気に持ち込む為の道具だったのだ。

「と・お・るぅ〜!?」
「そうそう、あんまりしおらしくしてっと俺に好き勝手されちまうから、その調子で行った方がいいと思うぜ?」

顔を真っ赤にして頬を膨らませる愛美に向かって笑いながらそれだけ言うと、透は分厚い本を投げられない内に軽い足取りで書庫を後にした。図書室の貸出・返却カウンターの横に無料のコピー機が備え付けられているからだ。それを図書室をほぼ毎日資料集めに来る透が利用する事は愛美も、図書委員も知っている。その背中を見送りながら、愛美はささやかに苦笑する。わざわざこんな重い本を持たせるまでもなく、あの瞳に間近で見つめられたら抵抗なんてできるわけがないのに。あの名探偵はその所を理解していない。

 二人の関係はまだ始まったばかり。透に翻弄されるうちにいつの間にか違和感なく馴染んでしまったこの書庫の空気と同じように、二人の関係もその内当たり前のように肌に馴染むのかもしれない。
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