NOVAL

□spy
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そして、5月3日。午前10時。天気、晴天。
いつもは昼過ぎまで寝ている休日。
でも、愛美のことが気になって、朝早く目が覚めてしまった。2度寝しようとベッドに寝転がっていたが、寝つけない。朝ご飯を食べ、小説でも読もうと書斎に入ったが、小説に集中できない。
…。
出かけよう!!天気もいいことだし。せっかくだから、愛美に何か買ってやろうかな。物で釣るとかそんなんじゃなくて。好きな人にプレゼントしたいって思う気持ちは、誰にでもあるだろ?愛美の喜ぶ顔がみたいんだ。高いものじゃなくて。安くでいいから、愛美が喜んでくれるようなものを。財布と携帯をジーパンのポケットに入れ、家を出た。
外に出ると、暖かい春の風が俺を迎える。優しい青色の空。こんな天気のいい日は、朝から愛美と過ごしたい。心からそう思う。

電車に乗り、杯戸駅で降りる。杯戸町には女の子たちがよく、ショッピングをする大きなデパートがたくさんあるから。
駅の改札口をでたとき、俺の心臓が飛び跳ねた。
―――愛美?―――
一瞬、見過ごすかと思った。オシャレ、している…?
服装がいつもと少し違う。今までに見たことの無い服。春らしい、白のカットソーからは白い肩が見えてて、下に、赤のドットがらのタンクトップと重ね着。ラメの入ったブーツカットのジーンズをかっこよくはきこなしていて。サテン生地のつま先の尖ったハイヒールで、更にかっこよくきめている。彼氏の俺が言うのもなんだけど。はっきり言って、めちゃくちゃかわいい。通り行く男、誰もが蘭を振りかえってる。オシャレと言うより、ここまでくると変装に近いんじゃねーか?
―――駅まで迎えに行くね―――
この前の愛美の電話。
と、言う事は。待っているのか。『誰か』を。ずっと、跡をつけてみようか。イタズラ心に火がついた。だけど信じてる。信じてる。蘭を信じてる。ずっと一緒に過ごした、この長い時間が。二人の日々が大丈夫だと背中を押す。指令は下された。俺は、ストライプのカッターシャツとジーンズに身を固めたスパイ。少し、遠くから愛美を見張る。いけない事とは思いつつ。ふっと、愛美の顔に笑顔が浮かぶ。そして、大きく右手を振った。
来た!!
愛美の視線の先を見る。高校生…、いや、大学生?…くらいの、男。
小走りで愛美に近寄る。俺の胸が急スピードで高鳴る。カジュアル系の服装。つばが大き目の帽子を深く被って。タンクトップと、カットソーを2枚くらい重ね着してカーデガンを羽織っている。そしてストライプのワークパンツ。俺とは全く違う服装だ。オシャレな大学生ってとこか…。くそ、顔が見えねーな。二人は親しげに話しながら、駅を出た。手は繋いでいないものの、仲良く喋りながら街中を歩く二人。
はたから見れば、十分恋人同士に見える。それを追う俺。ふと、男がトートバッグの中から何かを取り出した。それを愛美に渡す。嬉しそうに受け取る愛美。なんだ?…帽子?
ニコニコと笑いながら、その帽子を被る。ジーンズ生地のキャスケット。
「似合う、似合う!」
声は聞こえないが、男がそう言っているのが分かる。
愛美も
「そう?」
とキャスケットのつばをつまみ、恥ずかしそうに答えている。他の男の前でかわいくしてんじゃねーよ。だいたい、誰なんだ?その男は!!大学生と親しくなるような機会なんてあったか?
車道側を歩く愛美。
「んだよ、女と歩くときは女を車道側にすんなよ」
ぼそっと、独り言。気遣いのない男にムカムカする。俺のほうが、愛美のこと大切に思っているのに。そのとき。その男が、愛美の腕をぐいっと引っ張る。そして、クルン。自分が車道側に移動した。俺と愛美たちとは50メートルくらい離れている。俺の独り言が聞こえるはずがない。くそ、他の男が愛美に気遣うと逆にむかついてくるんだな。さっきは気遣え、と思っていたくせに。そのまま、2人はデパートへと入っていった。
時間は11時50分。
ちょうどお昼時。エスカレーターを上り、12階のレストランガーデンに着いた。フロア全体にいろんなレストランが並んでいる。二人で楽しそうにどこのレストランにしようか選んでいるのを、遠くから見つめる俺。
愛美の顔が楽しそうで、とても楽しそうで、心が痛くなる。一緒にいる男は、俺に背を向けているため、顔を見ることができない。

悪い夢ならば、早めに覚めてくれと心の中で何度も叫ぶ。俺だけのものであって欲しい。もう、寂しい思いをさせたり、悲しませたりしないから。絶対に。
だから…。
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