NOVAL

□spy
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二人が入ったのは、オムライスが美味しいと有名なレストラン。窓際の席に座っている。少し離れた場所で、コーヒー片手に監視。こんなことやってる自分が、情けない。いやらしい。でも、気になる。そのとき。男がトイレに立った。
もし愛美を連れて帰るなら今だ。
すっと席を立つ。窓際、3番目の席に一直線。テーブルに頬杖ついて、にこにこと外の景色を見つめる愛美。あの小さな手を握ったら、もう、絶対に離さないと心に誓って。

愛美の向かい側の席に座った。さっきまで、あの男が座っていた席。
「え…とお…」
俺の姿を見て、驚く愛美。
「ど…して…」
いかにも『まずい』という表情。張り詰めた空気が、俺たち二人の間に流れる。さっきまで晴れていた空が、一気に曇ったような空気。どんよりと、湿って。愛美は、これ以上言葉が出てこないようだ。重たい沈黙の中、ゆっくりと口を開いた。
「愛美…一緒に帰ろ―――」
俺の言葉を遮って、
「お前、なんでここにおんねん!!!」
店中に響き渡るような大きな声。それも、どっかで聞いたことのあるような…。振り向くと。
「へ、平次!?」
大阪で調査中の、黒い男が立っていた。カジュアルな服装でオシャレして、つばの大きい帽子をかぶって。
「お前こそ、どうしてここにいんだよ?」
「東京に来たからや」
「当たりめーだろ、んなこと…。それに、何だよその服。いつもの帽子はどうしたんだよ」
「変装や、変装」
苦笑しながら、帽子を取る。
「変装?」
「そや、透に気づかれんように、変装しとったんや。な、ねーちゃん?」
と、愛美に話しを振った。
「う、うん…」
少し戸惑い気味の愛美。
「だから、何でお前が変装してまで東京に来て、愛美と会わないといけねーのかって聞いてんだよ!」
俺は、傷ついたんだからな。愛美が…、嬉しそうに歩いてたから…。もう、愛想つかしちまったのかと思って。
「あいっかわらず鈍い奴やなー。今日、オールナイトでねーちゃんとデートすんねやろ?」
呆れた口調の服部。
「え?あ、まあ、そーだけど」
「オールナイトっちゅーことは、夜の12時を過ぎるってことや。夜の12時を過ぎたら、何の日や?」
そこまで言ったとき
「あ、服部君…だめ!」
愛美が、慌てたように制止する。顔を真っ赤にして。
「…でも、言わんと解らへんで。こいつ」
「なんだよ?」
「12時過ぎたら、5月4日。工藤の誕生日や!ねーちゃんは12時ちょうどにお前にプレゼント渡してびっくりさせたろーと計画立てとったんや。それを、ぶっ潰しよって…」
キッっと俺を睨む。愛美は顔を真っ赤にして俯いている。少しがっかりしたみたいに…。せっかく俺を喜ばせようと、内緒で立てていた計画が、俺によって壊されたのだ。そりゃ、がっかりもするよな…。

テーブルの上には、オムライスが3つ。
ブラックコーヒーが1つ。アイスティーが1つ。カフェオレが1つ。とりあえず、3人で昼食を取りながら、この事件の話しを聞いていた。

4月の下旬。俺の誕生日プレゼントに迷った愛美は、俺と同じ高校生探偵の服部なら、何かいいアドバイスをくれるかもしれないと、和葉ちゃんを通して服部に相談したらしい。
その愛美の相談に乗った二人は、せっかくなら3人で選びに行こうと言う事になり、上京してきた。が、和葉ちゃんは今日、熱が出たため来れなくなったそうだ。和葉ちゃんがいれば、俺も尾行なんかしなかったんだけど。
「それにしても、ねーちゃんは工藤に何をプレゼントしたらいいか分からんて本気で悩んでるし、工藤は最近ねーちゃんの様子がおかしいて悩んでるし。愛し合っとるなー」
服部がにやにやしながら言った。すると、愛美は顔を真っ赤にして
「そんな、愛し合ってるなんて…」
と、かわいく照れる。
…?
これ、どっかで見たような。ピンと頭の中で、蘇る。俺が盗み聞きした電話。
愛美が顔を真っ赤にして『そんな…愛してるなんて…』って言ってたのは、服部が今と同じような事を愛美に言ったからなのか。謎が解けて行く。不安が消える。ますます愛美が好きになる。俺の隣で、顔を赤くして照れている彼女。2度と離さないと、絶対に大事にすると、思わず口に出してしまいそうなほど愛しい。
もうすぐ1時。3人とも、食べ終わり会話をしながらくつろいでいた。
「じゃ、そろそろ行こか?」
時計を見ながら、服部が愛美に向かって言った。
「あ…、そうだね」
蘭も時計を見て答える。
「じゃー、工藤、気ぃつけて帰りや」
帽子を被りながら、軽く挨拶。え?帰る?何で俺が?
「あ、新一、今日は遅刻しないでよ。午後8時に米花駅の前ね!」
「え、どこ行くんだよ。おめーら2人で」
「どこって…だから、言ったじゃない。新一の誕生日の…」
少し困った顔で言う。
「そーや。今からねーちゃんと選びに行くんや。ねーちゃんの計画、半分壊しとんやで。プレゼントくらい、びっくりさせんとな。そやから、工藤はここでお別れや」
にっと笑う。あ…そーか。俺が付いてきたら、愛美の誕生日計画が全てパーになるんだ。
「んじゃ、家でゆっくりしときやー」
服部は俺に手を振りながら、愛美を連れて店を出た。…俺、何しに来たんだ?結局、蘭のかわいい計画を壊しに来ただけなのか…。はぁ…。自己嫌悪に陥った―――。

軽い足取りで、半田邸まで帰る。暖かい5月の風が、俺の心をさらに暖かくする。今ごろ、俺のプレゼントを選んでいるのか―――。そう思うと、思わず顔がゆがんでしまう。あと6時間後に会える、かわいい天使の笑顔を想像する。
それだけで、幸せな気持ちになれる。真実を知って、顔がにやけてしまうのなら、俺はスパイなんかになれねーな…。
好きすぎて、疑って、ヤキモチ妬いて。自分の誕生日にも気づかなかった、役立たずのスパイだから―――。
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