NOVAL
□花言葉
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傘の下に入ると、布に当たる雨粒の音が余計大きく聞こえる。
現代の詩人は梅雨の風物詩とも言っただろうか。
犬夜叉は悪態をつきながらも、先程七宝が言った男女二人が傘に入る意味を
頭の中で反芻させ、隣で傘を持つかごめをちろりと盗み見た。
傘に入ることを拒否していた時のかごめの悲しそうな顔とは打って変わって、嬉しそうではかなげに微笑んでいる。
やっぱりかごめに似合うのは笑い顔だと、犬夜叉や七宝・後ろの二人も思っていた。
「あ、紫陽花だ!」
しばらくそうして歩いているうちに、街道の脇にずらりと並ぶ紫陽花の群れを見つけた。
梅雨の中頃の今、紫陽花の群れは満開を迎え、大きな花束をあちこちにつけていた。
かごめはそれに近づくと、えばる様に咲き誇る紫陽花を見つめた。
「綺麗だね、かごめちゃんの時代にもあるのかい?」
「もちろんよ、紫陽花はね土壌の酸性度によって色が変わるのよ」
「どじょおのさんせいどおってなんじゃ?」
「咲く場所によって、華の色が変わるってこと。この辺りの紫陽花は…青紫だからアルカリが少々、酸性が強いみたいね。」
「かごめ様は物知りなんですなあ。我々は愛でるだけですから」
「そんな、理科の授業の受け売りよ…あ、でも花言葉は覚えたんだ」
かごめが一番近くにあった紫陽花の茎をもち、折ると自分の口に近づけた。
憂いそうな表情は犬夜叉の目に焼きつくほど。
「紫陽花の花言葉は…移り気、冷淡、変節、浮気性…そういう風に場所によって顔が変わっちゃうから冷たい女性にたとえられてるの」
「それ、どっかの人に聞かせてあげたいねー」
「はは、どっかの人とは、どこの人でしょうね?全く、怪しからんやつですね」
「あんただっつーの!!!」
珊瑚が弥勒を張り倒すと、後ろの方で喧嘩が始まっていた。
もちろん珊瑚が弥勒に向かって罵声を投げつける一方通行の、お馴染の喧嘩だが。
「ちなみにね犬夜叉」
暫く、呆然と紫陽花を見つめていたかごめを見つめていた犬夜叉に、
ふいにかごめが振り返った。
風穴が開きそうなほどかごめに見入っていた犬夜叉は名を呼ばれてハッとした。
「な、なんだ?」
「桔梗の花言葉はね、変わらぬ愛、気品、誠実、従順…ぴったりよね桔梗に。」
何かを嘲笑うように、かごめはそう呟いた。唇を血が滲むほど噛みしめて感情を堪えるかごめに犬夜叉は何をしてやる事も出来なかった。
「ときにかごめさまは、どんな花がお好きなんですか?」
「え?」
「おらは蒲公英とか好きじゃぞ。珊瑚は菖蒲が好きだと言っておったな」
「うん、何となく強そうだから」
犬夜叉とかごめの間に、不穏な空気が流れているのを見かねて周りが別の話題を振ってきた。
あまり自分の好みの花など考えた事のなかったかごめは、暫く考えると思いついたように言った。
「女郎花とか、向日葵、薔薇も好きかな…」
「それもまた、華言葉が関係しておるのか?」
「え?うん、女郎花は約束を守る。向日葵は私の目はあなただけを見つめる。薔薇は私はあなたを愛するっていう言葉が在るわ」
「かごめ様らしいですね、如何にもどこかのどいつに聞かせたい言葉です」
「てめえ、喧嘩うっとんのか」
気を散らしていた犬夜叉が、弥勒がとげとげしく言い放った言葉が自分に向けてだと気づくと、弥勒に食って掛かった。
「やめなよ犬夜叉。あんたが悪いわ」
「けっ、みんなして俺を悪者扱いして楽しいのか?!」
唯一こういう時、味方をしてくれるかごめさえ弥勒の肩を持ってしまい、
自棄になっていじけている犬夜叉は、とことん幼いと思ってしまう。
まあそこも可愛いと思うのだが。
「犬夜叉は、好きな花無いの?」
犬夜叉の怒りを誤魔化そうと、あえて話をずらした。犬夜叉は暫く考えた後、こう言った。
「衝羽根朝顔(つくばねあさがお)」
それが和名で、ペチュニアだと気づくのに中学三年生の頭では数秒かかった。
「かごめ、衝羽根朝顔の花言葉はなんじゃ?」
「…………あなたがそばにいると心がなごむ」
私もよ、とかごめは密かに心の中で思うた。
それがいつまでも続けば良かったのに。