NOVAL
□貴方だけ
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「充てはあるのよ、彼氏ってゆうね!!」
『かっ…!?』
「そう彼氏!言い忘れたけど私、彼氏出来たの!だから彼氏と行くわ、新一なんかより全然かっこいいんだから!じゃあね!」
ガチャッ
ツーツーツーツー
機械的な音が片耳に木霊する。
こちらに別れの言葉を告げる間も与えずに、蘭は一方的に別れの言葉を言うと、電話を切ってしまった。
「彼氏……か、そうか彼氏…アイツ、彼氏出来たんだ…」
放課後の小学校、誰も居なくなった教室。
工藤新一(現在は江戸川コナン)は機械的な音がする携帯の受話器切ボタンを押し、待ち受け画面に戻ったディスプレイをぼんやりと眺める。
ディスプレイの時計は四時半を指している。
夕焼けに染まる、一点変わって見える教室のロッカーに身を凭れさせて、握りしめていた携帯をパーカのポケットに仕舞った。
電話を切られた際の蘭の言葉を反芻させて、事実を確認する。
蘭に彼氏ができたこと。
今まで傍にいた自分が、目の前からいなくなる事で、
学校でも外でも蘭に言い寄る輩が発生し始めるのは分かっていたことだった。
どんなに有名で、格好良くて、人気がある奴が蘭にモーションを掛けたとしても、あいつはこれっぽっちも靡かずに、
蘭は変わらず自分を好きで居続けてくれて、自分の帰りを待っていてくれた。
「あんな奴のことなんか」
と偶に突き放すような言葉を口にするときもあったけれど、
本心では、しっかりと、100%、信じていてくれた。
信じてくれていた。自分も信じていた。
己の体が元に戻り、組織との対決もすべて片づいて、また蘭の前に現れる事ができるときまで、蘭は待っていてくれると。
自惚れていたのかもしれない。
ずっと蘭が自分を好きでいてくれると鷹を括っていたんだ。
自惚れていたんだ―――――――――――。
連絡は週に一回ある程度で、「いつ帰るのか」と尋ねれば、「しばらくは無理」だの、「まだ帰れそうに無い」だのと、確信を仄めかして、具体的なことを言わず、姿を現さない自分に、普通の女子なら早々に見限っている。
蘭は今までずっと、つらい気持ちを我慢してきたんだ。
慕う相手が、好きな人が傍に居ない片思いが苦しい事ばかりなのは、コナンを通して知っている。
その度、蘭の苦しい気持ちが晴れるように心がけて来たつもりだ。
それが、足らなかったのかもしれない。罪悪感を感じた自分の自己満足で、実際勇気づける所か、更に傷をえぐってしまっていたのかもしれない。
だから蘭は、味わう苦しい気持ちも心について行く傷にも、嫌になって、苦しい恋なんて。と区切りをつけてしまったのか。
傍に居ない新一よりも、傍に居てくれる誰かを選んでしまったのか。
しかし幾ら推理してみても、どう考えても、真実は見えてこない。
蘭がどのような気持ちでどういう風に日を重ねて誰を好きになってどう言った会話を交わして、どんな言葉で、どんな顔で、どちらから告白をして、付き合い始めたのか。
蘭の姿を想像して、恋愛模様を事件の時の用に推理してみる。
だけど、蘭を射止めたどこぞの誰かと向かい合う脳内に想像した蘭が、自分と会話している時の顔の笑顔や仕草が重なって、
自分が好きな笑顔と仕草をしているかと思うと、どうしようもなく、悲しくなってしまう。
だけど彼氏ができたと知っても、蘭に他に好きな奴が居ると分かっても、非常になれない自分が居る。
未だ、否これからもずっと好きでいる自分が居る―――――――。
『彼氏だって――――』
恋の終焉が無様過ぎて、自分が格好悪過ぎて笑ってしまう。
prrrrrrr prrrrrrr
呆然と夕焼けに映える窓を見つめていた時、仕舞いこんだ携帯電話が鳴り響いた。
鳴ったのは、コナンの携帯電話。
「はい、もしもしコナンですけど」
『あ、コナン君?もー、どこほっつき歩いてるの?日が暮れちゃうよー』
自分に母親並みの言付けを言うのは、己の母親で或る工藤有紀子以外には唯一人。
「ら、蘭姉ちゃん…」
今一番、会いたくなかった人物だ。
蘭は先程の切り際のような怒った口調ではなく、何時もの明るい口調だった。
『コナン君?今どこに居るの?お父さん出かけちゃって居ないのよー、ね、ご飯何がいい?』
「…………」
『聞いてるの? コナン君。』
「あ、え、うん!僕は何でも構わないよ」
『そう?じゃあ残り物で作っちゃうね。早く帰ってきなさいよー』
「うん、もう帰るよ」
『帰り道、気をつけてね、コナン君。』
ツーツーツー…
「普通に過ごせるかな、俺………」