NOVAL

□鈴虫
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「かごめ、明日は一番に此処を出るんだ、早く寝ろ」

「わかってるわよ、でも…」

犬夜叉が薪に火を灯し、かごめが寒くないようにとしてくれた。
しかしとうのかごめは火を背に、小屋の戸を開け外に目を向けていた。


「ねえ、犬夜叉、凄く綺麗だよ、虫の声」

「だぁかぁら、五月蠅いだけだろ、そんなの、物珍しいもんじゃねーし」

「珍しいのよ、私の世界じゃ、あんまり聴けないもの」

かごめの生きる2000年代は科学技術が発展しただけでなく、人々の生活も、此の戦国時代と比べて180度変わった。
まず明かりがない時間なんてない。
都市部は日夜問わず照明や街灯・ネオンで溢れている。
人の住む家屋だって一軒家なら二階建て・三階建。マンションなら50を軽く超える高層マンションも在る。
人々の暮らしが発展し、充実するのはよい。しかしそれには犠牲が生じるのだ。
生活が発展し、土地が開発され行くとともに、それまで其処に在った森や山や野原や丘が一斉に無くなると言う事だ。
木々や森林が無くなっただけではない。それらが無くなれば、当然其処に住んでいた生きものも消えうせる。
夏の終わりの風物詩、鈴虫や待つ虫達も其れの一種である。

一番に開発んの進んでいる現代の東京に住むかごめは、テレビなどの類で見る以外、生で、自分の耳で虫の声を聞いたのはこれが初めてだった。

戦国時代に住む犬夜叉にしてみれば、鈴虫や待つ虫などの声が聞こえるのは夜中なら茶飯事で、毎日聞くとなれば迷惑以外に何もないのかもしれない。

「オメーのトコじゃ、いねえのか?鈴虫」

この時期じゃ何処にでもいる、という感覚の犬夜叉には寝耳に水の発言だ。それまでの不愉快そうな低い声ではなく、通常時に聞く、明るい声。
かごめは微笑んで応えた。


「そうよ、私、生で聞いたの初めてなの。だから寝る気にならなくて」

「鈴虫が居ねえなんて、不憫な世の中なんだな、平和だと思ってたけど」

犬夜叉の中での現代の印象は、多少なり珍しいものや意味不明なものが混在しているものの、こちらの世界のように妖怪や凶悪な山賊達が出ることもなく、
何時も行った時はのんびりとかごめやかごめの家族ともに過ごしていた。
つまり平和だと感じていた。

「確かに平和かもしれないけど、平和の代償って感じかな、森とか山とか、そういうのが壊されて虫や動物の住む場所が無くなっちゃったの」

「大変なんだな、かごめの世界も案外。」

頬杖ついて寝転がっていた犬夜叉はいつの間にか置き上がり、外を眺めていたかごめの隣に座っていた。


「寒くねえか?」

「大丈夫よ」

大丈夫と言ったのに、犬夜叉は自分の衣をかごめの肩に掛けた。
ぶっきらぼうで、言葉は悪いが、なんだかんだいって犬夜叉は優しい。

温かみの残る緋色の衣をかごめは自らの手で引き寄せ、隣の犬夜社に凭れた。

「ありがと」

「おう」




リン、リ、リリ、リン…



恥ずかしいのか、それともわざとこうしているのか、二人は言葉を発さない。
互いの間に流れるのは虫の声だけ。
ただ凭れて触れている個所から感じられる相手の体温を感じて、其れに浸っていた。

そっと、凭れて触れていないほうの肩に、犬夜叉が手を置いた。一瞬驚いて身構えたが其れで一層幸せを感じた。






「久しぶりだよね?二人きり」

「そうかもな」

二人で話す場面はあっても、二人だけ・二人きり、は本当に旅の初め以来数えるほどしかない。
それもこんな雰囲気。


すごく今―――――――



「犬夜叉、私、幸せだよ」

「俺もだ」


寄り添っていて、焚火は背後。
互いの顔は暗くて見えないけれど、でも微笑んでいると、分かる。




こんな気持ちになれたのは、鈴虫のおかげかも・・・・・・・・







『鈴虫に感謝しなきゃな』
『鈴虫に感謝しなきゃね』







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