稲妻NL

□反論さえ呑みこんで
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一瞬の出来事だった。
私には何が起こったのか分かるのに時間がかかった。

風が、一迅の風が肌をかすめて瞬間流れた。
気付いた時、目の前にいたのは綺麗な髪を持った風丸くん。

「木野、大丈夫か?」
「う、うん」

そうか、ボールが私の方に飛んできて。それから風丸くんが守ってくれたんだ、と悟る。
「風丸くん…、ありがと」
目の前の紅い目にビックリして、地面に見える風丸くんの靴を視界に入れた。
風丸くんがすごく近い。

「風丸さん、かっこいいですー!」
なんて春奈ちゃんが冷やかす。

「染岡、気をつけろよ」
風丸くんはサラリと注意し、これまたサラリと去っていた。
美人だなぁ、そう思った。


染岡くんが謝りに来たのを笑って許して、私はぼーっとしていた。
今日はやけに意識が遠い。



昨日、一之瀬くんと電話で喧嘩をした。
恋人だからすれ違うようなほんの些細なことだったんだけど、どんなことだったか忘れてしまった。
故に今日は一回も会話していない。

それが原因でぼんやりしてしまいボール一つも避けきらなかったのだ。


仲直りしたいけど…。
一之瀬くんを目で捜す。
すぐに見つかった。
一之瀬くんが私に向かって歩いて来ていたから。

「あ、あのね!一之瀬くん…」
「ねぇ、秋。話があるからちょっとコッチに来てくれないかな?」
そう言うと、私の返答も訊かずに一之瀬くんはいきなり私の腕を掴んだ。
一之瀬くんの手は、どこか汗ばんでいて力強い。
腕が千切れんばかりに引っ張って行く。
そのまま木陰まで進んで行く。
校舎が陰になってみんなからは見えない、そんな場所へ。


「痛いっ。痛いよ、一之瀬くん!」
一之瀬くんは黙ったまま、綺麗な瞳で私を真っ直ぐに問う。

「ねぇ、何でこんなことするの!?どうして…?」
私が抵抗したから一之瀬くんの手はするりと抜けた。

一之瀬くんはついに話を始めた。

「風丸に嫉妬したんだ。秋だって、顔赤くしちゃうしさ。秋の彼氏の、オレが助けたかったんだ」
そんな真剣な口調にそぐわず、私の心は躍った。
「一之瀬くん、妬いたんだ?ちょっぴり嬉しいな」
喜びからクスッと笑うと、一之瀬くんは照れ臭そうに頭をかいた。


徐々に腕が痛みだした。
かなり痛かったのだ。
「でも、あんなに引っ張る必要は…」
私が最後まで言葉を放つ前に、口を塞がれた。
一之瀬くんの唇によって。

甘い。それでいて、柔らかく優しい。
初めての行為に息が出来ずに苦しくなる。

甘味で長い私のファーストキスは、ゆっくりと終焉を告げた。
離れたはずの唇には、ほんのり一之瀬くんの熱が残る。

「秋はオレのだから、誰にも渡したく無かったんだ。そう思うと力が入っちゃって。ごめんね」
そう言うと一之瀬くんは私の腕を持ち、先程とはうってかわって優しく撫でた。
まるで壊れ物でも扱うかのように。
擽ったくて鼓動がドキドキと鳴るのを、一之瀬くんの長めの睫毛を見ながら、聴いていた。

でも、とまだ言いたいことはあったのだけれど私はそれを喉の奥にしまった。

替わりに、愛を囁いた。
「一之瀬くん、大好きだよ」
「秋…、オレも」
安っぽいドラマみたいかもしれないけれど、他には無い。
一番率直で飾り気の無い、愛の言葉。
私と一之瀬くんはいつも確かめ合うように言うの。

「大好き」




「ねぇ、昨日は…ごめんね」
「あ、あぁ。オレこそ悪かったよ」
「何で私たち喧嘩したんだっけ?」
一之瀬くんは乾いた笑いの後、ニカッと歯を出した。
「忘れたよ」
二人で微笑み合った。


「今度はオレが秋を助けられるように、秋から目を離さないでおくよ!」
「駄目よ、サッカーに集中しないと」
私がクスリ、と笑うと一之瀬くんも元気に笑った。
「じゃあ脚を鍛えよう!風丸より速く走れるようになる!」


私の王子様は、私を助けてくれなくても両手いっぱいの愛と微笑みをくれる。
素敵な人。

でも、やっぱりいつかは助けて欲しいな。
ペガサスに乗った一之瀬くんに。




end



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