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□冷たい雪に
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吐く息は白く、冷たい空気が刺す様に痛い。
真っ赤に染まった鼻と耳にはじんわりとした痛みが広がる。
それでも少女は空を見上げていた。
白く厚い雲が覆う暗い空からは、小さな氷の結晶がハラハラと舞い落ちていた。
時折民家の明かりに反射し、キラキラと輝く。
いつまで見ていても飽きない光景だった。
少女はほぅ、と息をついた。


「…雪か。これは冷えるはずだのう。」

「!望さま…。」

「まさかここにいるとは思わんかったぞ。」


背後から聞こえた、男性にしては少し高く、しかし年寄りくさい特徴を持つ声。
名無しが振り返った先には、白い息を吐き出しながら自身に歩み寄る太公望の姿があった。
この暗い部屋では彼の形くらいしか分からないが、それでも特徴のあるとんがり布から彼だと予測できた。


「…ここから見るのが一番きれいなんです。」

「だのう。」


名無しは空に視線を戻す。
名無しの横に並んだ太公望もまた、視線を空に向けた。

2人以外いないこの部屋は、かつて西伯公・姫昌の私室であった。
かつての主を失ったこの部屋は、誰にも使われていない。
名無しはよく父の様に慕った彼のこの部屋で、思いにふけることがあった。
この時もそれを目当てに来ていたのだが、窓の外で降りしきる雪に、思わず目を奪われたのだ。


「…望さまは、何故ここへ?」


名無しは空を見上げ続ける太公望の横顔を見上げる。
太公望は、目線だけちらりと名無しに向けた。


「うむ。まあ、なかなか寝付けんかったのだが、」

「?」

「おぬしを探しておった。」

「私を、ですか…?」


名無しは瞳をぱちくりとさせた。
それに太公望は口元で笑う。
そしてまた、「うむ」と一言。


「また1人で泣いていないかと思ってな。」

「…私はそんなに泣き虫じゃありません。」

「そうか?」


名無しは目線を前に戻し、頬を膨らませる。
それに太公望は、彼にしては珍しく、喉でクツクツと笑った。
名無しはそれが気に障ったのか、太公望から一歩離れ、空を見ることに集中しだした。
それによって太公望は余計に笑ってしまったのだが。

名無しはそれを無視することにし、冷たい両の手をこすり合わせ、口元で息を吹きかけた。


「おぬしの手は小さいな。」

「…女ですから。」

「そういつまでも不貞腐れるでない。」


太公望は苦笑しつつ、一歩分の距離を詰めて名無しの頭にポンポンと手を乗せた。
名無しが太公望を見上げると、彼は満足そうにほほ笑んだ。

頭に乗せていた手を名無しの目の前に持ってくる。


「ホレ。」

「…望さまの手が大きいのは、グローブのおかげでは?」

「う、うるさいのう!」


今度は少し太公望が不貞腐れる。
名無しは思わずクスクスと笑ってしまう。
それに太公望は小さく溜息をついた。
名無しは笑いながら、太公望の手に自分の手をくっつける。
丁度、大きさ比べをする様に。
それに太公望はニッと笑い、名無しの手に自身の手を絡めた。


「ホレ。わしの方が大きいであろう?」

「ふふ、はい。大きいです。」


2人は笑い合いながら、手を繋いでいた。







冷たい雪に
(温かい、君の手)




11.12.13***

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