書き下ろし

□月夜桜
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「お花見、ですか?」


― 春。

やっと桜の便りが届いたある日、そらさんからの電話は花見の誘いだった。


「それって、桂木班恒例の?」

去年、桂木班のみんなで花見に行った事を思い出しながら訊き返す。


『じゃなくて、オレの知り合いっつーか、昔遊んでたヤツらとなんだけど。何か久しぶりに花見でもして集まらね?って話になったみたいで。オレが婚約したっつー話どっかから聞いて、どうしても紗絢ちゃん連れて来いってうるさくてさ』


受話器の向こうで小さなため息が聞こえた。


『都合悪いなら無理しなくていいからね。紗絢ちゃんが知ってるヤツも居ないし、つまんないかも…』


「行きます!」

『え?』

「大丈夫です。私、行きたいです!」

『そ、そう?…紗絢ちゃんがそう言うなら、行くって返事するけど…』


(そらさんのプライベートの友達って殆ど知らないし、会ってみたかったんだよね)

このまたとない機会に浮かれていた私は、その時そらさんがあまり乗り気じゃなかった事に気づけないでいた。



― 花見当日。
そらさんの仕事の都合で集合時間より一時間程遅れて、私達は花見会場の公園に向かった。


有名な花見スポットになっている公園の中は、仕事帰りのサラリーマンやOL、家族連れ等で、見頃を迎えた桜の下はところ狭しとレジャーシートが敷き詰められ、かなり賑わっている。

遊歩道沿いに提灯も並び、夕暮れの園内にうっすらと点りはじめていた。

「桜、満開ですね。凄く綺麗」

あまりの人の多さに、友達のグループを探すのにも一苦労で、そらさんは右見たり左見たりしながらゆっくり歩く。
友達の顔を知らない私はただ付いていくしかないので、頭上に覆い被さるように咲き誇る桜を見上げながら少し後ろを歩いていると、そらさんが困ったような顔をして振り向いた。

「あのさ…」

繋いでいた手をキュッと握りしめると、私の顔を真剣な表情で見つめる。

「これから会うヤツらって、なんて言うかその…人はいいんだけどね、口が悪いって言うか…変な事言ったりするかもしれないけど、一切気にしないでね」

「?…どういう意味ですか?」

「んー、悪気はないんだけど多分、色々からかったりすると思うんだよね」

「は?」

「あいつら、変な事吹き込まないといいんだけど…」

私から視線を外すと、ぶつぶつと独り言をつぶやくそらさん。


「そらさん?」

「あーやっぱ心配だな〜。帰ろうか」

「何言ってるんですか。そらさんのお友達でしょ?私なら何言われても平気ですよ」


「いや、その、他にも心配な事があるっていうか」

「何ですか?」

「う〜ん。…女の子も…居ると思うんだよね」

「え?」


確かに……。

そらさんが“ヤツら”って言い方したから、勝手に男の人ばっかりだと思ってたけど、そらさんの昔の友達なら女性が居ても不思議はない。


「べ、別にいいじゃないですか。それとも…そらさんが困る事でもあるんですか?」

どちらかと言えば、男性ばっかりの中に私を連れていくよりも、女性も居た方が良いような気がするんだけど、何をそんなに躊躇っているんだろう。

もしかして―

元カノが居るとか?


そんな事が頭をよぎった時―。


「おーい!そらぁ!」


そらさんの後ろの方から、そらさんの名前を呼ぶ男の人の声がした。



「おぅ!今、行く!」

そらさんが片手を挙げて返事する。
「ま、いっか。ここまで来たんだし。行こう!」

そらさんは何か吹っ切れたみたいに、ニコッと笑って繋いだ手を引き寄せた。

私はそれにつられて歩き始めたけど、さっきより足取りは重かった。


(もう。そらさんが変に意識するから、何か緊張してきたじゃない)
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