+Toi et moi+

□4 あるがままであること
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ジャックの様子がおかしい、と思った時には既に遅かった
突然、身体が動かなくなった
ジャックが頬に触れた手が吸い付いたように離れず、じっと瞳を見つめられ、目をそらせなくなった時、すっと力が抜けた
セレナは自分の背中越しにジャックを見ている感覚に襲われた
ジャックは瞬きもせず、真っ直ぐ見つめたまま息がかかるほど、セレナとの距離を縮めていく
ジャックの喉が鳴る音が聞こえた
額から流れる汗が視界のすみに入る
頬に触れる手のひら越しに、ジャックのドクドクと高鳴る心臓の音が自分のと重なっていった

凄く、息が苦しかった

自分が自分で無くなってしまいそうだった
それは望んでいないことなのに、ジャックを求めてしまう
目を反らす事も閉じる事も出来ない


助けて………


「………っ」

あとほんの少しで触れてしまいそうな距離でセレナの唇が少しだけ動いた
ふり絞るような声で、ジャックの名を呼ぶ
ジャックは目を見開き、触れていた手でセレナの頬をぎゅっと摘まんだ
それを機にセレナの身体は自由になった
もう、自分の後ろ姿は見えない
目の前にはあくまでも冷静さを保とうとするジャックの姿だけ
セレナは自分から距離をとり、窓辺に向かうジャックの後ろ姿を見つめ、ほっと息を吐いた
そのあと部屋に戻ってきたメイドと言葉を交わしている間に、自分らしさを取り戻していく


ジャックに変に思われているはずだ


そう思いながらも、どうしてこうなってしまったのか答えを出すのが怖かった
ジャックが見ていたのは自分ではなく、セレナの瞳だったこと

あの男と一緒の、赤みを帯びた黒い瞳
ゆらりと揺れる、人を惹き付ける魔性の瞳

ジャックはまるで魔石に魅せられてしまった人のように、魅了され、虜にされていた
この瞳にそんな力があるとは思えないがセレナは一つの思いが溢れてくる


長く、目を合わせてはいけない


セレナはジャックとなるべく目が合わないよう気を付けながら、普段通りを取り繕った
だが、ぎこちなくセレナから距離をとるジャックの態度に傷付かない訳がなく

「………クロード、遅いね」

食事をしたあと、二人きりになってしまった部屋で、思い空気を破るようにジャックに声をかける

「そ、そうだな……」

部屋の隅で剣の手入れをしていたジャックは上擦った声で答える

「マーガレット様といい感じだったりして」

「そ、そうだな……」

「……ホントにここでお妃様が決まっちゃうかもだよ!」

「そ、そうだな……」

「…………」

セレナがカタン、と音を立て立ち上がるとジャックはピクリと身体を震わせる

「ど………どうした??」

「………わ、わたし」

セレナは何事もないかのように、にやっと笑う

「偵察、行ってきますっ!」

おでこに手を当てて敬礼のポーズをとると、直ぐに踵を返し、慌てて部屋から出た
そこからは一目散だった
途中すれ違ったメイドに呼び止められてもセレナは止まることはない
俯いたまま、全速力で走る
止めどなく溢れる涙で視界は悪く、どこをどう走ったのか記憶はない

ただ
たどり着いた所は謁見室へと続く長い廊下
心惹かれる、あの絵が飾ってある廊下だった

涙を拭いながら、セレナは真っ黒い絵を見上げる
どこからか吹いてくる風がセレナの癖っ毛を揺らす


断崖絶壁にそびえる城
黒く、暗く、闇を帯びる絵

凄く、怖いと身体中が叫んでいる
身体が小刻みに震え、この絵を拒否している


なのに


「どうしてこんなに……」

セレナは手を伸ばし、絵に触れた



懐かしく


思う?
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