いただきもの

□淡紅色に君を映す
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ぼんやりと、目の前を舞うピンク色に気を取られていた

窓から差し込む柔らかい陽光が、カーテンを揺らす暖かい風が心地好くて、骸は無意識に空を仰ぎながら瞼を下ろす
遠くで囀っている懐かしい鳥の声が、生き物の目覚めを告げていた


(こんなにも落ち着いているのはいつぶりでしょうか)


物心ついた時には既に研究施設に居て、襲い掛かる恐怖と痛みにただ必死に耐え忍ぶのが当たり前で。二人の幼い同志と脱出してからは、追っ手やマフィア、そして復讐者の目をかい潜っての生活で、きっと安心して熟睡できた日は一度も無い
とすると、"安心"を覚えたのはつい最近ということになる

自分の知らなかった平穏の中で、骸はひらひらと風に躍らされる花びらを感じていた
不意に背後から扉が開く音がしたので、骸は目を開いてゆっくりとした動作でカーテンを閉めた


「? なんで閉めたの」


入ってきたのは雲雀だった。お互いに気配で分かっていたため、特に驚いてはいない
雲雀の質問に骸は普段よりも柔らかく、しかし少しだけ苦笑しながら答えた


「桜が咲いているからですよ」

「…」


その花の名前を耳にした雲雀は、どこか納得したように視線を反らした


初めて出会って間もなく、雲雀は骸の力によって容赦無く捩じ伏せられた。当時雲雀が患っていた奇怪な病気を利用して
それはそれは屈辱的だった。一方的に殴られ蹴られ、それまで負け無しだった雲雀にとっては、プライドを完膚なきまでに潰されるようなものだった


「もう完治してるんだけど」

「気分の問題ですよ。僕はこの花を見れば、今でも鮮明に思い出すので」

「…さっきまで僕を痛め付ける妄想をしてたんだ?」
「嫌な言い方ですね」


気分でも害させてしまっただろうかと書類を読む雲雀の顔を覗いたが、案外そうでもないようで、鋭さの欠けた黒い瞳に見上げられる
そして何故か呆れたようにため息をつき、体ごと骸の方へと向けた


「どうかしたの?」

「いえ、別に」

「構って欲しそうな顔してたけど」

「…そんなことありません」

「何を不安に感じてるかは知らないけど、別に桜は嫌いじゃない」

その言葉に骸は眉を上げて、目をしばたたかせる
自分があの時の光景を思い出すのならば雲雀もそうなのではないかと考えていたが、どうやらそんなことは無かったらしい。そう考えると、少しだけ寂しく感じられた


「君を咬み殺すのは僕。それは今でも変わってはいないさ。だけどそんなことは関係無いよ」


そう言いながら雲雀は立ち上がってカーテンを開く。そして校庭に咲く大きな桜の花を視界に入れた
二階から見る桜はちょうど花ばかり咲いている位置が真正面にくるため、春風が穏やかに花を散らす姿は実に見物だ

しかし骸はそちらよりも、その姿を穏やかに見つめる雲雀から目が離せなかった

「きっとこの花を見るたびに、僕は君を思い出すんだ」
白い頬を撫でるように、ひとひらの花びらが雲雀の横を過ぎ去っていく


「どうせなら、笑った顔がいい」



そこにはいつものような鋭い眼光は無く、ただ愛しさばかりが溢れていて



( 不覚にも、泣きそうになった )





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あとがき 

溯汀様からのいただきものです。
ほんっとありがとうございます!!
感謝感激でございます。

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