小説
□君が好き
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ここは七階建てのファッションビルの屋上。
「ちょっと!キラっ!早まるなぁ〜」
カガリ・ヤマトは柵を乗りこえ、ビルからダイブしようとしている兄のキラを、必死で止めようとしていた。
年の瀬も押し迫った12月半ば、世間はクリスマスでうかれているこの時期に、どうして自分たち兄妹だけが、こんなめに遭わなければならないのかわからない。
「潔く飛ばせてよっ!もう僕がカガリのためにできる事はこれしかないんだぁ〜」
芝居がかかった口調で言いながら、駄々っ子のように手を振り払おうとする。
「そんなの嫌だぁ〜」
カガリは兄を思いとどまらせようと叫んだが、男女の体格の差でしがみつくように、制止しなければならなかった。
「離してよ!もうほかに方法はないんだよ!」
覚悟は決めたはずなのに、時間が経つにつれてビルの高さに足が竦んでくる。
※※※※※※
父と母は、半年前に交通事故で他界。二人とも生命保険に入ってたが、比較的裕福な家庭だったために、ハイエナのごとく親戚連中に毟り取られ、気がつけば家も何もかも失っていた。
不況でキラの会社も倒産。家がなければ勤め先も決まらない。かくなる上は、自殺でもして保険金でカワイイ妹の当面の生活資金充てるしかない。
究極の三択を実行しようとする兄に、カガリは最早、止めることはできないのだと悟る。
カガリは後ろからキラにぎゅっと抱きついた。このまま飛び降りたなら一緒に落ちるように、しがみつく。
「離して!」
「ヤダっ!」
自分を振りほどこうとするキラに縋るようにしがみついた。
一人で生きてても……キラさえ生きいれば、カガリはどんな生活になっても構わないのだ。
その時……
※※※※※※
「あらあら〜こんな所で何をやっていますの〜?」
いつの間にか近くにピンクの髪の女性が立っていた。
ビックリしたカガリは思わず、キラを引っ張っていた力を緩めてしまう。
「うわっ!急に離したら…ッ!!」
バランスを崩して前のめりとなり、キラはビルの縁に頭を打ち付けて倒れてしまった。
「うわ〜!!キラ〜大丈夫かぁ!!」
ゴンッという鈍い音に、カガリは悲鳴をあげる。
「ううっつ……」
気絶してしまったものの、落下を免れたキラにホッとして、その場に座り込んだ。
「大丈夫ですか?」
異常事態を察して、心配そうな表情をしている女性。
「ごっごめんなさい」
凝視するように、キラの顔を覗き込んでいる女性に、泣きながら謝罪した。
このビルの人と思われる女性にとって、騒ぎを起こした自分たちは、迷惑以外の何物でもないだろう。
早くここから立ち去りたいが、気絶してしまったキラを、背負って屋上から運び出すのは、女性にしては体力自慢のカガリにでも、かなり困難な作業である。
「頭を強く打ち付けていらっしゃるようなので、触ってはいけませんわ。今、救急車を呼びますから、ここでお待ちになってて下さいね。」
なんとかキラを運ぼうとするカガリに、女性は凛とした口調で言い聞かせ、屋上から去っていった。
カガリは、その背中を複雑な気持ちで見送りながら、半分口をあけたままのマヌケな顔で気絶しているキラの手を握った。
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