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□誰でも苦手なことがある
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本日、2月13日。世はバレンタインなどと言うものに浮かれている。街道を歩けば、どの店も甘いチョコの匂いを漂わせる。
世界中の女の子たちが、男子の反応を思い浮かべては一喜一憂しているのだろうと思えば、なんとなく不思議だ。
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零 空華、美空桃華の部屋。土曜日の午後、2月の中旬と言うこともあり外の空気は、まだまだ肌を刺す冷たさだが、部屋に差し込む日差しは暖かい。ベッドの上では2人の女の子がお菓子のレシピを眺めている。
「紗良、これなんていいんじゃない?」
「ガトーショコラ…ですの?」
余程のことがなければ成功するであろうガトーショコラ。レシピには生クリームで綺麗にデコレーションされたものが載っている。
「でも、難しいのではありませんの?」
「んー、ダイジョブだよ。ボクも手伝うしさー。」
自分が料理の類いは苦手だと言うことを自覚している紗良は、まだ考え込んでいる。
「ね、一緒に作ろ?」
「わ、分かりましたわ。」
桃華が一緒なら大丈夫だろうと紗良も頷き、休日の午後に女の子2人がお菓子を作るという、何とも可愛らしい画が出来上がるのだった。
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零 空華、高野誓の部屋。バレンタイン前日、悩んでいるのは何も女の子ばかりではない。
「で?何、まーだ紗良へのプレゼント買ってない訳?」
「そうは言うけどな、俺がこういう事が苦手なのは知ってるだろ?」
誓は自分のベッド、瑞希は誓の机の椅子にそれぞれ座り何やらお悩み相談。
「苦手って言っても明日だよね。紗良の誕生日。」
瑞希に現実を突き付けられ、押し黙る誓。恋愛方面に疎い誓としては、瑞希に相談するしか無いのだ。
「うん、仕方無いかー。よし、誓。」
意気込んで椅子から立ちドアへと向かう瑞希。今から行こう。と誓の腕を掴む。
「何処にだ?」
「紗良のプレゼント買いにだよ。」
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G-2地区。ここは帝都の中でも数多くのジュエリーショップが集まる地区だ。
「なぁ、瑞希…なんでジュエリーショップなんだ?」
「どーせ誓のことだから、真っ赤なバラでもとか考えてたんでしょ?」
図星だ。誓の頭に女性にアクセサリーを贈ろうという考えがない。あるとしたら、それはプロポーズだの結婚だのというかなり子供じみた発想だ。
「大体さー、今の時代、小学生でもやる奴いるって。誓って、もう苦手とか言うレベルじゃないじゃん。」
「とは言っても、指輪でも贈れっていうのか?」
うーん、なんでそこで指輪になる訳?と若干、苦笑い混じりで返答する。
「紗良に指輪はマズいでしょー。基本、格闘技やってんだし、サイズ分からないでしょ?」
「じゃあ何を贈ればいいんだよ。」
瑞希は親友の馬鹿さ加減に半ば呆れれば、やっと目的の店に着く。
「ジュエリー.エリカ…?」
「そ。今、女の子たちにかなり人気らしい。」
「なんでそんな事を知ってるんだ?」
「んー?雑誌で読んだだけだよ。」
さー、入るよ!と、瑞希は渋る誓の肩を押す。
店内は落ち着いた黒や白、茶で統一されていて、様々なアクセサリーがショーウィンドウの中、ライトに照らされている。
2人以外にも何人かの客がいるが、全員カップルのようだ。男2人は正直なところ浮く。
「いらっしゃいませ。」
スーツに身を包んだ数人の女性店員の声が店内に響く。ショーウィンドウの向こう側にいた筈の店員は我先にと誓と瑞希のもとに向かってくる。
「本日はどのような物をお探しでしょうか。」
いち早く2人に声をかけたのは茶髪の女性。
「彼女の誕生日プレゼントなんだけどさー。なんかオススメない?」
女性店員はこっそりと舌打ちをしてから、こちらへどうぞ。と2人を案内する。
「お二人とも彼女様への贈り物でしょうか。」
「あー、僕はコイツの付き添いなんで。」
瑞希は誓を指し示すと、店員は若干の希望を持ったように瑞希をみる。
「悪いけど僕も彼女いるからー。」
瑞希の言葉に再度舌打ちをして、少々お待ち下さい。と店内を回る。
「瑞希、お前なんて事言うんだ。」
「んー、だって、あの人僕らのこと狙ってたみたいだし?」
訳が分からないと溜め息をひとつ吐いたところに店員が戻って来る。
「誕生日のプレゼントですとこちらのリングなどいかがでしょうか。」
店員の手元にはシルバーのリングが輝いている。
「シンプルなデザインではありますが、ハート型にカットされた宝石がポイントなんですよ。」
「あーいや、指輪はちょっとね。コイツの彼女、手を使う仕事をしてるからさ。」
手を使う仕事。大体は合っているが根本的に違う気がする。
「そうでしたか。それでしたらこちらのネックレスなどはいかがですか?」
リングと同じデザインのネックレスを出して来る。
「チェーンの方はシルバーとピンクゴールドをご用意できます。」
「オススメので。」
「宝石はいかがいたしましょう。誕生石なら12種類全てお選びになれます。」
紗良の誕生日は2月14日。バレンタインデーの当日だ。
「彼女様の誕生日は2月でよろしいでしょうか。」
「あ、あぁ。」
「では、シルバーのチェーンで石はアメジストのものを持って参ります。」
女性店員は店の奥へと消えていく。