Lust
□第1章*雨
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西嶋は引き金に指をかけ、すぐにでも目の前の学生たちを殺せるように準備する。その一瞬あと、銃声が響く。銃弾は左側から、寸前のところで避けた瑞希の眼鏡を弾き飛ばす。
「げっ、眼鏡!」
「油断しているからですわ。」
「ただでさえ見えにくかったのに。」
銃弾を避けるなどという神業を当然のようにやってのけかがら、油断も何もないのではないかと西嶋は頭をフル回転させる。
「俺たちはプロだ。お前たちとは違う。」
「さっきも言ったでしょ?いい加減にしたらって。」
「この場にきた時から気が付いていたんですの。」
故意に向けられた殺気はすぐに分かる。紗良は目の前の男から視線を外し、左側にそびえる廃ビルを見つめる。
大きなガラスには先刻の銃弾によるヒビが刻み込まれ、その奥で人らしき影が動く。
それをしっかりと確認した紗良が構える。制服のスカートを翻しながらガラスを割るために蹴りを入れる。派手な音を立てながら崩れ落ちるガラスの中から影が姿を現す。
「桃華。」
誓はイヤホンの向こう側の桃華に呼びかける。すぐさま反応した桃華は、待機中のバンの中で現れた人物の照合を急ぐ。
モニターにHITの文字が並ぶと、詳細を伝えるべくイヤホンを右手で固定する。
「そいつは崎本卓也。1年前、39条の適応で無罪判決。この間までZ地区のスラム街にいたみたいで五係が捜査してる。」
「崎本、卓也…。」
「流石は零ってか?」
引き金を引こうと指に力を入れた崎本を見逃さず、瑞希が銃弾を撃ち込む。唯一の武器を奪われ、パニックに陥る。西嶋もまた銃の発砲を試みるが紗良によって阻まれる。
興奮状態のターゲット2人は必死になって命を乞いながらも我先にと逃げようとする。
「お、おい。元々はコイツだけを殺す予定だったんだろ。俺は無関係じゃねえかよ。」
「てめぇ、裏切る気か?」
「何が裏切りだよ。端から仲間なんて思ってねえよ。な?見逃せよ。」
罪から逃れるために仲間割れとはなんと醜いものかと、誓は吐き気を覚える。雨の所為で張り付く髪が鬱陶しい。
「黙れ。」
短く吐き捨てられた言葉にターゲットの動きが止まる。低く冷たい言葉と、それだけで人を殺せそうな視線。
「西嶋一斗、崎本卓也。お前らの罪は俺たちが此処で裁く。」
未だ命乞いを続ける崎本に容赦なく刀を振り下ろす。瑞希も西嶋の眉間を狙い正確に銃弾を打ち込む。
ターゲットの叫びも、銃声も、強まる雨音に掻き消されることはなく、響きわたる。
アスファルトに流れる血は雨によって広がっていくが、真っ白な制服に飛び散った赤は消えることはない。それは、彼等が人を殺したという事実が消えることがないのと同じだ。
「任務完了だ。」
「了解。今、車まわすね。」
桃華の応答を聞かないまま、自分には必要なくなったイヤホンを外し手ごとポケットに突っ込む。
この雨は、まだ止みそうにないな。と、血が流れきった刀を鞘に納め、重苦しい雲に覆われた空を見上げる。
「雨は嫌いだ…。」
ただ何ともなしに呟いた言葉は誰にも聞かれることなく、大嫌いな雨の音に消された。
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