Lust

□幕間U
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 パトカーと救急車のサイレンが、強い雨音の中で響いている。傘を差した雑踏の中を、まだ幼い誓はサイレンの元に走っていた。傘も差さず、母親から譲り受けた黒い髪からは雫が滴る。
 サイレンに近づくにつれて雑踏は野次馬へと変化する。“KEEP OUT”黄色いテープの前には色とりどりの傘が群がる。
 人の波を抜け、テープの向こうに手を伸ばす。しかし、幼い手は無慈悲にも、目の前の警察官によって阻まれる。何とかその腕から逃れようと、暴れてみるが大人の力に敵う訳がない。

「ちょっと、ボク。駄目だよ!」

 警察官に抑えられ、誓の目に映るのは、よく知った父の同僚の背中。助けを求めようと、その背中に叫び、名前を呼ぶ。

「坂牧さんっ!」

 背中は振り返り、悲しみに暮れた表情がゆっくりと歩いて来る。やっとの思いで逃れた身体は、坂牧によってきつく抱き締められる。雨の所為で体温が低い。

 子供ながらに理解した。自分の父はもう……。



 誓と坂牧はそれぞれ違う場所から同じ空を見上げた。

 俺たちはいつから雨が苦手になった…?
 俺たちはいつから独りになってしまった…?
 そう、12年前のあの日もこんな雨だった。

 雨は嫌いだ――。

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