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□Defend
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時計がカチカチと俺を批難する。やっと弟を捕まえた。
「おいっ、雪男話聞け!」
思ったより大きな声が出たので自分でも驚いた。それでもパソコンから目を離さない態度にイライラする。この建物は俺ら兄弟二人しかいない。もっと大声を出さないと聞こえないのか、この黒子眼鏡。
「聞こえてる。それ以上大きな声だそうとか考えなくてもいいから。…兄さん、今何時だと思ってるの。」
何時?外は真っ暗、夜中の1時だ。
「仕事は後でいいから話聞けよ。」
「仕事を後回しにするかどうかは僕が決める事だ。話を聞くかどうかも僕が決める。」
雲行きが怪しくなってきたところで、クロはさっさと部屋を出て行く。
「まったく、使い魔の方が賢いじゃないか。」
そんなん言われなくたって分かってる。また雪男が小言を言おうと口を開くので、自分の口で塞いでやった。ほら、この感情は家族としてのものじゃない。俺はこんなにも弟を愛してる。
「…この前の返事だけどさ、お前に兄弟以上の感情は持ってないよ。」

泣きたい。



何処の世界に好きでもないやつにキスする人間がいるんだ、この馬鹿兄。

兄に告白した。日頃の疲れが溜まって、その日は頭が回っていなかった。ずっと我慢していた思いが爆発寸前だった。どろどろとした感情が溢れ出てしまい、ついこぼした。
「兄さん、愛してる。」
その時ばかりは頭の良くない兄も賢明な判断をした。
「…一週間考えさせてくれ。」
机のライトだけでは表情がよめなかった。
「うん。一週間と言わず、ずっと悩んでよ。」
僕が15年かけて出した答えだ。そう簡単に解けるとは思えない。少しの間だけでも自分の事で頭を一杯にしてくれる。独占欲が満たされる気がした。



それから兄の何とも言えない視線を無視しながら過ごした。あぁ、神様助けて下さい。消えてしまう。あの視線が今は自分にだけ向いている、それだけで幸せだった。
「このまま消えちゃうかもしれないね。」
足元でクロがにゃあと鳴いて答えた。何を言っているかは分からなかったが、あの一週間は猫から見ても危なかったらしい。

でも兄さんは欲しい言葉をくれないのは分かってた。


兄さんに返事をもらってからは、まともに顔も合わせないで過ごした。いつも通りになるように、何もなかったように緊張しながら過ごした。









ふと気がつくと、兄の胸が真っ赤に染まっていて驚いた。ざっと音をたてて、全身の血が引いていく。
ここは何処だ?兄さんは何をしているの?
周りは暗く、森の中だった。土のむせ返る匂いとは別の異臭が混じっている。鉄臭い。僕の両手はいつもの拳銃で塞がっていた。煙が上がっているのが遠くにあちこちと見える。悪魔が視界を塞ぐ程溢れている。
殺さなきゃ、全部。
燐が何処にいるのか分からなくなる。

倒れていく兄が何かを呟いたのが見えたのに、その声を聞き取る事が出来なかった。
心臓の位置に降魔剣が刺さっている。
ドサッという嫌な音が聞こえた。
あぁ、神様この耳は駄目です。聞き取れない。この両腕も駄目だ、大切な人を支えることも出来ない。

血溜まりが出来た。

その真ん中に浮かんでいるのが誰か分からない。

持ち合わせのナイフで腕を切り付ける。

血で円を書き付けた。

青白く光を放ち始めたそれに突っ込む。

遠くで誰かが僕達を呼んでいる。






さよなら。

















目が覚めて自分が死んでいない事に驚いた。生きて帰れないと思った、覚悟もしていた。白い天井と白いベット。日の光をよけいに強く感じさせ、眩しさから目を細める。気持ちの良い風が窓から入ってきた。
この窓を開けたのは誰?

「雪ちゃんっ…燐が目を覚まさないの。」
しえみさんが隣で泣いてる。兄さんを想ってだ。
「おい雪男、ここが何処か分かるか?」
「シュラさん、僕がここに来たの初めてですよ。…病院ですか?」
「あぁ、お前は大丈夫そうだな。」
廊下が少し騒がしい。人が集まってきた。
「…僕は?兄は無事ですか?」
勝呂君が続ける。走ってきたようで息をきらしている。
「奥村先生、あの馬鹿…目を覚まさん。」
しえみさんが泣き出した。
神木さんがベットの向こう側を睨みつけている。隣のベットが小さく膨らんでいた。皆がこの人を心配している。僕の宝物。
すぅすぅと聞こえてくる寝息が可愛らしい。あの頃と変わらず、布団を抱き込むようにして丸まっている。2本のしっぽが見えたのでクロも一緒に抱いているのかと考える。眩しく感じて目を細める。
「おい、さっさとアタシらの分かるように説明しろ。」
「ご覧の通り…少し小さくなっただけです。」
「少しですか?」
「はい。小学校高学年位でしょうか。」
懐かしいな。あの頃はもっと大きく感じていた。場違いな事を考えている自分に呆れる。ますます空気が重くなった。濃い灰色が部屋を塗り潰すようだ。
僕の口から兄の変化を聞きたくなかったらしい。
「クロが奥村君に近付くと怒るんです」
「何故?」

その時、ぼんっという音とピンク色の煙を引き連れてメフィストが姿を現した。
「ごきげんよう皆さん。おや奥村先生、具合はいかがでしょう?」
「この通り絶好調ですよ。」
「それは何よりです。ところで何やら面白い事になっているとか。」
この人は何処まで知っているんだ?
「双子の兄を小さくなさったとか?しかも記憶喪失ときた。」
「ちょっと待って下さい。記憶喪失って何ですか?」志摩君と三和君に方を押されて体をベットに戻す。
「奥村君、若先生が寝とる間に一度目を覚ましたんや。自分の名前も分からんって。」


あぁ、あんまりだ。



「貴方の望んだ通り、奥村燐は生きている。悪魔としての力も一時的とはいえ封印されました。ご感想は?」
「心臓に傷を負えば兄でも危険でした。」
「ますます空っぽになった頭の心配ではなく?」
「実際こうして無事でした。」
「悪魔ですからねぇ。しかもサタンの力を継いでいる。生かす事が目的?そう簡単に死にはしないでしょう。」
「随分適当なんですね。」
「あぁもう!こいつはほっとけ。雪男説明しろ。」
しびれを切らしたシュラさんが間に入る。
「クロが近づけてくれないんです。」
神木さんの言葉で視線を隣のベットに戻す。


(誰も燐に近付くな。これは燐のなんだぞ。)


これだけ騒いでも起きる気配のない兄に呆れる。体が小さくなった?何も変わっていないじゃないか。傷の具合とかどの程度の記憶喪失なのかとか確認したくてベットから起き上がる。布団に触れようとした時クロに引っ掻かれた。
「ずっとこんな感じなの。雪ちゃんでも駄目なら…」
黒い毛を逆立てて唸っている。こんなに怒っているところを見たことがない。困ったな。
「奥村が起きるのを待つしかないやろ。」
「これは私の感ですが、何か奥村君の持っているものを取られたくないようですね。」
「感ってお前、本当に適当だな。」
「藤本は君達に口の聞き方を教えはしなかったのですか?」
「神父さんも同じ事を言いますよ。」
兄の事となると、僕もクロも駄目になる。梃子でも動かないだろう。仕方なく、着ていた病院服の上を脱ぐ。
「女子はあっち向いとけ。」
「坊、紳士やなぁ。」
「阿呆。先生も何で脱ぐんですか?」
「うん、何処かに在るはずなんだけど…」
僕があの時、最後にやった術が正しければ証が出ているはずだった。それは心臓のある位置に青く描かれていた。
メフィストは喜劇だと笑い、しゅらは苦い顔をした。クロは泣いていた。ボロボロと泣く姿は彼の主人とよく似ていた。
「先生それ何です?」
僕の代わりにしゅらさんが答える。
「使い魔の主人である証だ。お前、燐を自分の使い魔にしたな?」
「あの時、最善の方法でした。他の方ではサタンの力を受け継ぐ兄を使い魔にして、力をコントロールするの難いでしょう?兄弟なら上手くいくかもしれないと思ったんです。僕しかいなかったんです。」
「結果、燐は使い魔でもかまわないってか?」
塾生達は顔が真っ青だ。
「えぇ。記憶喪失は想定外でしたが。」
恐る恐る志摩が手を挙げる。
「どんな術なんです?」
「難しい話ではありません。悪魔から力を取り上げて、他の何かに移す。それを取引材料にして言うことを聞かせる。簡単ではありませんか。」
「メフィスト、そーいう問題じゃないだろ!」
「貴女は難しく考え過ぎなんですよ。それに遅かれ早かれです。」
「移しただけで傷は治りませんよね、先生は奥村の力を何に移すつもりだったんですか?」
勝呂君の質問に笑って答える。
「僕の心臓です。双子の兄弟の、しかも悪魔の力を宿した心臓。助かる確率が高いしょう?」
しえみさんがまた泣き出した。彼女は優し過ぎる、兄さんと一緒で他人のことばかりだ。
「でもなんで小さくなってしまったんですか?」
「力を抜き過ぎたからだろ。普通は使役する為にある程度残しておくもんだ。」
「記憶喪失は?」
「頭の打ち所ですかねぇ。」
悪魔の力を全部僕の心臓に納めれば、兄さんは人間になれるかもしれないなんて考えた事は口が裂けても言えない。
「雪ちゃんの心臓は悪魔の心臓なの?」
「その答えを文字通り、彼が握ってるんじゃありませんか?」
そこにいる全ての視線を集めるベット。クロは僕の足元でずっと鳴いてる。きっと取られたくないのだ。そっと手を握り、ゆっくりと開かせる。真っ白い部屋に青い光がこぼれた。すぐに部屋中を深い海の底の色に染め上げる。
「綺麗…」
「石?」
「悪魔の核、心臓ってところでしょうか?奥村先生、それを肌身離さず持っていなさい。貴方の心臓の許容量を超えた為に、そういった形をとったのでしょう。」
「はい。」
「でも、若先生の計画は失敗した訳やろ?なんで助かったんや?」
「ケセラセラですよ。なるようになった訳です。一先ず解散です、話は奥村君の記憶が戻ってからです。奥村先生にはしばらく自宅休養して頂きます。」
「あたしは?」
「貴女は監視の仕事がない分、バリバリ働いてもらいます。」
「うへー。」
まだ話足りない顔をする塾生を見送って、ため息をつく。記憶喪失なんて冗談のようにしか思えない。
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