二次小説

□彼方の岸から悲しき願いを込めて 1
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柔らかな陽射しが窓からさしこみ、リューイはゆっくりと重たい瞼を開いた。
うっすらと目を開け、最初に見えたものは、自分を見つめる青灰色の瞳だった。
視線が絡まり、何事かと驚いて跳び起きる。

しかしそれは他人の瞳ではなく、自分のそれ。
鏡にうつった自分の瞳だった。
リューイは一先ず胸を撫で下ろしたが、次にふと、疑問が生じた。


「どうして、鏡が…?」


リューイの枕元に、円形の小さな手鏡が置いてある。
寝る前に鏡をベッドに入れた覚えてはないし、何よりこの手鏡自体に見覚えがなかった。

リューイは小首を傾げ、それを手に取った。

汚れや傷ひとつ無い、真新しい鏡に、寝起きの為かまだ幾分ぼうっとした表情のリューイが映し出される。

透き通るほどの白い肌に、まだ少しだけ眠たそうな青灰色の瞳。
いつもは一くくりにしてある栗色の長い髪は乱れ、リューイはそれを丁寧に撫で付ける。

特に変わったところは見られない、普通の鏡のようだ。
ひっくり返すと、青銅に華の浮き彫りがしてある。
何の華か分からなかったが、変わった華だな、と、リューイは思った。

暫くぼんやりと鏡を見つめていると、ノックも無しに寝室の扉が開いた。
リューイはすぐに、そちらに意識を向ける。

そこには思った通り、<暁の傭兵>、ジェイファン・スーンが立っていた。
王太子であるリューイの寝室に、ノックもせずに入ってくるのは彼くらいなものだ。

ジェイは淡い金髪を欝陶しそうに掻き上げながら、リューイへと歩み寄る。
まだ上体を起こしただけのリューイは、自然とジェイを見上げる体勢になる。

ジェイはリューイの青灰色の瞳が、まだ眠気を帯びているのを見ると、口の端を吊り上げ、リューイの栗色の髪をくしゃくしゃと掻き乱した。


「なんだぁ?うちの王子さまはまだオネムなのかな?」


「…子ども扱いしないでよ」


くしゃくしゃになった髪を整えながら桜色の唇を尖らせ、軽く睨みつけながら非難するが、もともと少女のような容貌のリューイがそうしたところで、愛らしさが増すだけだった。
そんなことなど微塵も気付いていない剣の主に、ジェイは僅かに苦笑を漏らす。

リューイのベッドに腰をおろし、ジェイはもう一度、今度は優しくリューイの髪を撫でた。
リューイの表情が、嬉しそうなものへと変わる。
髪をぐしゃぐしゃにされるのは嫌だか、頭を撫でられる行為自体は好きの部類に入る。


「おはよう、ジェイ」

「おはよ」


天使もかくやという笑みを向けられ、ジェイも微かに口元を綻ばせるた。
それはいつもの皮肉な笑みとは違い、優しげなものだった。


「で、あんたはいつから朝一番に鏡見つめてうっとりするようなナルシストになったんだ?」


リューイの手の中の鏡を一瞥し、からかい口調で言った。
リューイは一瞬きょとんとし、すぐに何のことか思いあたり、視線を自分の手に落とす。


「違うよ。これ、起きたら布団に置いてあったんだ」

「…はぁ?」


ジェイは、リューイがまだ寝ぼけているのかと思ったが、リューイの青灰色の瞳はもうぱっちりと開き、少し青みがかっている。

ジェイは眉間に皺を寄せ、小さな手鏡を覗き込んだ。


「…普通の鏡…だな…」

「うん、普通の鏡だよ」


お互いに、もしかしたらまた何か魔導の力が働くような代物かと警戒したが、これといって不審なところは無い。

ジェイはリューイの手から鏡を取り、ひっくり返す。
青銅に浮き彫りにされた華を見て、小さく呟いた。


「彼岸花だな」

「彼岸花?」


リューイはオウム返しに聞いた。
聞いたことがあるような、と記憶を辿るリューイに、ジェイは苦笑する。


「まぁ知らないのも無理ないか。秋に咲く華だから常春のオディロカナじゃ珍しいし」

「どんな華なの?」


リューイは好奇心に瞳を輝かせ、ジェイを見つめる。
まだあどけなさが残る顔が、さらに幼くなる。


「どんなって、見た通り変な形で、色は鮮やかな赤だな。後は…葉がない」

「葉が?じゃあ茎だけなの?」


問い返しながらコトリと首を傾げると、さらりと、栗色の髪が流れた。
白い夜着のまま、さんさんと差し込む朝日の光に包まれるリューイは、一枚の絵画のようだ。
ジェイは眩しそうに目を細めた。


「そ、茎だけがシュルシュル伸びてきて、真っ赤な華を咲かすんだ」

「ふ〜ん…」


ジェイの説明に相槌を打って、興味深げに彼岸花の浮き彫りを見つめた。
形を確かめるように、指先で華をなぞる仕草をしながら、口元に笑みを浮かべている。

暫くはその様子を黙って見ていたジェイだったが、唐突に、鏡に夢中になっているリューイの頭を軽く叩いた。


「さってと、いつまでその可愛い寝間着姿を見せてくれるつもりかな、リューイくん?」


ジェイに言われ、リューイは未だ自分が着替えすらしていないことにやっと気付いた。









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