二次小説

□おまじない
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「ねぇジェイ」

「ん?」

剣の稽古を終え、美しく整備された庭を眺めながら、唐突にリュ―イが口を開いた。
その白い頬は紅潮し、見上げてくる青灰色の瞳は真っ青になっている。

「前に『呪い小路』の話をしてくれたよね?」

呪い小路とは、ラナーギンにある世界中から集まってきた呪い師たちが、術で願いを叶えるとういう怪しい場所だ。
そこで一番需要なのは惚れ薬や恋愛成就の護符。
怪しいのか可愛らしいのか微妙なところだ。
そのことは以前ラナーギンにお忍びで行ったさいにチラッと話したことだ。

「そういえば教えたっけな。で、それがどうしたよ?」

言いながら長い栗色の髪をわしゃわしゃ撫でてやると、『子ども扱いしないでよ』と、お決まりの文句が返って来た。
口ではそう言っても、本当は嫌がっていないことを分かっているジェイは、さらにクシャクシャにしてやった。
唇を尖らせてぐしゃぐしゃになった髪を整える姿がとても微笑ましく、愛らしく思えた。

「それで…さ…。その護符とか薬とかって本当に効くの?」

少し躊躇いながら尋ねてきた。その目はあちこちに視線を泳がせている。
どういうことだ。ジェイは考える。
初心で奥手なリュ―イが呪い小路に興味を持つなんて信じられない。ただの気まぐれだろうか?
すぐにその考えは打ち消す。
たんに何となくで聞いたのなら、こんなにも真剣にならないだろう。
少し恥ずかしそうにしながらも、キラキラと美しい瞳でジェイを見つめながら答えを待っている。
その瞳の輝きを、初めて不快に思った。
ようやく恋しい人ができたのか。いつまでも子供子供している剣の主がようやく恋に目覚めたのなら、それは喜ぶべきだろう。
しかしそんな考えとは裏腹に、不快感が高まっていく。
いったいリュ―イは誰に恋をしているのか。イラ王国のスシュン姫か。それとも…、と考えを巡らせていると、不意に服の袖を引っ張られた。

「ジェイ、ねぇどうなの?効くの?」

黙ったままいつまでも答えないジェイに焦れたのか、ソワソワしながらもう一度尋ねてきた。

「…さぁな。知らねぇよ」

自分でも驚くほど冷たい声が出た。リュ―イを見ると、顔を曇らせ、僅かに青い瞳が灰色を帯びる。
自分に腹が立って小さく舌打ちをし、不安そうに自分を見つめるリュ―イの額を指で弾いた。

「そんなのに頼んないで自分の力で頑張りなさいよ」

もっともらしいことを言って視線を葡萄の木に向ける。
リュ―イが完全に視界から消えた。そのことに少しだけ安堵する。
今はまともにリュ―イの顔を見れそうにない。そんな自分に胸のうちで嘲笑する。
かけがえのない存在、唯一の帰る場所と思っていたが、いつの間にかその気持ちは変化していた。
気付いてしまった、リュ―イに対する気持ちを。何故こんなにも胸がざわつくのかを。

「が、頑張るって何のこと?私はただ純粋にどれだけの効果があるのか疑問に思っただけで…!」

「はいはい、バレバレの嘘はつかない。で、どこのどなたさまが好きなのかな?リュ―イ君」

いつものふざけた調子で聞くと、リュ―イは真っ赤になって顔を背けた。

『ジェイ、大好き』

「え?」

唐突に聞こた告白。
思わず聞き返すと驚愕の表情でリュ―イが振り向いた。
大きな目をさらに大きく見開きジェイを凝視する。ジェイも負けないくらいに<暁>と言われる所以のすみれ色の瞳を見開いている。
暫くお互いに驚いた顔のままでいたが、リュ―イが震える声で言葉を繋いだ。

「今…読んだね…」

かつて一枚の緑翠晶を分けあった二人は、『読もう』『読んでほしい』とお互いに思ったときに相手の思いを読むことができる。
心の奥で、ジェイは『読みたい』と、リュ―イは『読んでほしい』と思っていた気持ちを、計らずとも読み、読まれてしまった。

「ジェイのバカ!大嫌い!!」

熟れたリンゴのような顔でそう叫ぶなり、リュ―イはダッと駆け出し、あっという間に見えなくなってしまった。
一人残されたジェイは、ポカンとした顔でリュ―イが去って行った方を見ている。

「…好きか嫌いか…どっちだよ…」

呟きながら、ついでに自分の気持ちも読んでくれれば良かったのに、と今さらながら思った。








end









***
「誓言」で「呪い小路」の話が出た時、こんなことを妄想して一人ニヤけてました。(怖)

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