彼はいつも前触れもなく、おどけた調子でやって来る。赤髪・眼帯の男、ブックマンの後継者ラビ。
 彼は得体の知れない男だ。国籍もはっきりしないし、名前ですら本名ではないらしい。いつもつかみ所の無い笑顔で奴は俺の前にやって来る。
 軽い口調におどけた仕草、その調子の良さで奴はどこに行っても人気者だ。俺とは全く正反対、なのに、奴は俺を見つけると、人波を掻き分けて手を振りながらこちらへとやって来るので、俺はどうにも居たたまれなくてその場から逃げ出してしまうのだ。
 どうして俺なのか分からない。好きだと言われても分からない。俺が冗談だろ、と笑って流せる人間ではない事を知っているだろうに、奴はいつもの笑顔で俺に言うのだ。
「お前が好きさ」
 分からない、分からない、分からない。
 逃げても逃げても、奴は気が付くと側で笑っている。何故?と問うても答えないくせに
「しょうがないだろ、好きなんだから」
 そんな事言われても、どうしていいか分からない。
「お前はそのままでいいんだよ」
 だれかれ構わず気に入らなければ喧嘩を吹っかけて回っている様な俺に、奴はさらっとそう言ってのける。同い年のクセに、まるでずっと大人の男のように
「そんなお前が好きだから」
 まるで丸ごと包み込まれるように言われると、本当にどうしていいのか分からなくなる。だから俺はまた逃げ出すのに、奴はまた笑って追いかけてくるのだ。
「好き好き、大好き」
 何度も繰り返される言葉、言われるたびに、どんどん不安ばかりが大きくなっていく。
 言われるごとに、まるで足場が崩れていくように、その言葉に溺れていく自分が怖い。もう聞きたくないのに、側にいなければそれも不安で、どうしていいか分からない。
「お前は?オレの事どう思ってんの?」
 聞かれても答えられない。分かっているだろうに、それでも奴は瞳を覗き込むように、いたずらっ子のような目で俺を見るから、俺はまた視線を外して黙り込む。それでも奴はニコニコ笑って俺の肩を抱きこむから、俺は困って立ち竦む。
 もう身動きが取れない、前にも後ろにも進めない。
 なんで俺?どうして俺?
「一目惚れに理由なんて無いだろ?」
 そんなの信じられない。なんで一目惚れなのかも分からない。奴はお調子者だから、きっと冗談なのだと思い込む、信じ込む。
 そうしなければ自分があまりにも可哀相だ。
 奴の瞳はたくさんの物を映して、きっと、そのどれだって奴は『好き』なのだから。俺が特別なんじゃない、間違えたら泣きをみるのは自分だから…お前の言葉なんか信じない。
「信じろよっ、好きだって言ってんだろ」
 お調子者で好きな奴なんていくらでもいるクセに、俺が特別みたいな言い方をするから、その言葉に足元を掬われる。
 信じない、信じない。信じたら溺れてしまう。
「何度でも言ってやるよっ!お前が好きだ」
 信じない…でも信じたい。お前のせいで、俺の心はすっかり弱くなっちまった。こんな思い、したくないのに。
「いい加減信じろよっ!神田!」
 信じられなくなるような行動ばかりしてる奴に言われたくない。
「オレの何が信じられないってのさ。こんなにお前の事好きだって言い続けてるのに、いい加減オレを認めろよっ」
 認めない、信じない。
 いつもの笑顔ではない奴の顔が険しくて、そんな真剣な顔をされたら、信じたくなる、認めたくなる。
でも、そうしたら一人で立てなくなる。
「オレを信じろ」
 信じない、信じない、信じない…
「そんな顔するな…オレが苛めてるみたいじゃねぇか」
 そんな顔?どんな顔?奴が困った顔をするから、俺はきっと、とても情けない顔をしているんだろうな。
俺はこんな自分は大嫌いだ。
弱くて、情けない俺を突きつけて、認めさせて、一体俺をどうしようってんだ。
「お前はオレに愛されてりゃ、それだけでいいんだよ」
 愛されるだけ?何も返さなくても俺が好き?
そんなの違うだろ、それは違う。俺は人形じゃない、そんな事できない。
「じゃあオレを愛してくれる?オレがお前を好きなだけ、同じだけ好きになれるか?…はは、でもきっと無理さ。だってオレ、本当にどうしようもないくらいお前の事好きだから」
 そんな風に言われたら、もう逃げられない。溺れてしまう。
 もういっそ溺れてしまおうか。どこまでも深い底なし沼のような感情に。一寸先も見えないような暗闇だけど、それでもお前の顔だけははっきり見えるから。
「溺れちまえよオレに。楽になれるぜ?」
 あぁ、そうかもな…もういいや。

お前が好きだ。

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