「ユ〜ウ、ユウ、ユウ、ユウちゃ〜んってば、返事するさぁ」
「その名を呼ぶなと、何度言えば分かるっ!」
 六幻を喉元に突き付けられて、それでも、わははと笑ってやる。久しぶりに顔を合わせても、黒髪の美人は相変わらずだ。
「つれないなぁ、結構ご無沙汰だと思うのにさ、寂しかっただろ〜?」
 ん〜?と顔を覗き込むと怒りここに極まれりといった顔で睨まれる。愉快愉快。これだから神田は面白い。相手にしなければ、こんな風にからかわれる事も無いという事を、いつまでたっても学習しない彼は可愛い。
「この間の任務は大変だったみたいだな?新人君とだったって?」
「ちっ、奴の事は思い出させるな、腹が立つ」
「えらい嫌いようだなぁ、まぁ、ユウはいつでもそうだけどさぁ」
 また彼の眉がピクッと上がる。名を呼ぶ事に腹を立てているのか、それとも新入りの事を思い出して怒っているのか…たぶん両方だろうな、はは。
「今度さぁ、オレその新人君とお仕事なんだけどさ〜どんな奴?」
「ガキだ。本当に何も分かっちゃいない」
「へ〜名前は?」
「モヤシ」
「モヤシ?変な名前だなぁ、年は?」
「お前は俺に奴の話を聞きに来たのかっ!」
「そんな訳ないっしょ、一応理由作っとかないと、お前口きいてくんないからさ〜」
 言って、べったりおんぶお化けのように抱きついてみる。振り払われるかと思ったらそんな事はなくて、しかし、仏頂面で神田はそっぽを向いた。
「奴は、お前の好きそうなタイプかもな」
神田はぼそっと呟く。
「あ〜なんでぇ?」
「なんとなく、そう思っただけだっ!」
 なんでいちいち喧嘩腰なんだろう。それにしても、なんとなく…ねぇ、一体どんなのがオレの好みだと思ってんだろコイツは。聞いてみたい気もするが、とりあえずは止めておく。今日の彼はなんだかとても機嫌が良さそうだから。いつもなら即座に振り払われる腕を、甘んじて受け入れている彼は相当珍しく、そしてとても可愛らしい。言えば烈火のごとく怒る事うけあいだから、絶対言わないけど。
「で…」
「で?」
 言葉に首を傾げると
「それで、いつ行くんだ、次の任務」
 怒ったように彼は言う。
「あぁ、明日。コムイも来るんだとさぁ、リナリーが怪我したみたいでさ。本当にシスコンだよなぁ」
 それだけではない事は分かっているが、あえて軽く言ってみる。戦闘はここにきて徐々に苛烈なものになってきている。詳しい事は聞かされていないが、先日も元帥の一人が殺されたらしい。
 元帥が殺されるってのはかなり衝撃的な話だ。色々と得体の知れないモノも動き出している事が分かる。ブックマンの後継者として知っている事は他の奴等より多いが、分からない事も多い、先行きは限りなく灰色だ。
 だから今度の任務が長くなりそうな事も分かっていて、わざわざ神田に会いに来たのだ。オレってばケナゲ。
それを知ってか知らずか、神田はつれないままだが、彼らしいといえば、この上なく彼らしいのでいまさら仕方ない。惚れた方が負けなのだ。
「お前の方は?」
「俺はディシャとマリの三人でティエドール元帥を探しに行く」
「そっか〜オレはクロス元帥さぁ」
「どっちもどっち、だな」
 言って、彼は小さく笑った。
うわっ、目茶苦茶珍しいモノ見たぞ!なんだよっ、そんなの反則だろっ、ってかもう一度見たいぞっ。うわぁ〜ビックリ。
「なんだ?重いぞ。そろそろ、どけっ」
 振り払おうとする彼を逆に更に抱きすくめて冗談めかして
「い・や」
 と笑いかける。今度こそ怒るかな…と心の中で身構えるが、神田はそれでも抵抗しなかった。ここにきて、アレ?と首を傾げる。これはオカシイ。
「なんか、あったのか?」
「別に」
 大人しい神田というのはある意味とても恐ろしい。
「元気ねぇじゃんか、神田らしくねぇなぁ」
「いっつもヘラヘラ笑ってばっかのお前と一緒にするな」
「うわっ、ひでぇ。オレだってこれでいて結構色々考えてんだぜ〜?」
「ふん、もう離せっ」
「嫌だって言ってんだろ〜明日からまた当分会えないんだし、ケチケチすんなって」
「…どういう理屈でそうなるんだ。お前の頭の中はさっぱり分からん」
「え〜オレ何度も言ってるじゃん、お前の事、好きだって」
「それが分からないって言うんだっ!」
「なんでぇ?」
「お前の好きは犬猫の好きと一緒だろ」
 本当にまるっきり信用してやがらねぇな、コイツ。オレってば可哀相、ってか、ちょっと怒ったよオレは。こ〜んな一途な人間つかまえてそりゃないだろう。
「だったら、どうすりゃ信用するのさ?」
「どうもこうも、ちょっとタイプの人間見ればストライク!とか言ってる奴の言葉なんか、どこをどうやって信用しろってんだっ」
「それは…」
 確かに言ったけどもさ、言ったけど、そんなのいつものノリだろ、冗談だろ、空気読めよ、お前。場が和むと思ってやってんだからそのくらい分かれっての!…とそこまで考えて、神田じゃ無理だわ、と肩を落とした。
「本当の本気で惚れてんのお前だけだから、マジ信じてください」
「…なんで俺なんだ」
「なんでって」
「他にもお前の相手してくれる奴ならいくらでもいるだろっ!同情なら真っ平だっ!」
 言って腕を振り払われる。
「なんでオレがお前に同情しなきゃなんないんさぁ、しょうがないだろ〜一目惚れだったんだよ」
 困ったなと頭を掻く、何に怒っているのかいまいち分からない。
「それこそ信用できない。一目惚れの要素があの時どこにあったって言うんだ」
「そう言われても…」
 実際そうなんだから仕方ないじゃんか。最初はいつものように顔から入ったのだが、だんだんこの勝気な性格とか、一直線な行動とか、学習能力の低さとかが可愛くて仕方なくなっちまったんだから。思った所で伝わる訳もなく、言えば怒る事も目に見えている。
「…ほらみろ、言えないじゃねぇか。もう俺に構うな、さっさと行けっ」
 言って彼はスタスタとオレに背を向け歩き出してしまう。
可愛くねぇ〜

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ