GOD BREATH YOU
□Fall
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「ん……」
麗らかな太陽の光。心地よい水分を含んだ円やかな風。美保は気持ちよくまどろみながら、シーツの肌触りを暫く楽しんでいた。風に運ばれてくる甘い花の香りが優しく覚醒を促してくれている。
「……ん?」
ふわりと目を開いた美保の視界に、彼の日常からは想像もつかない異国情緒溢れる部屋が飛び込んだ。
「は?」
美保の寝ている天蓋付きの大きな寝台には、見事な織物の天蓋布がかけられており、他にも緻密な花柄模様の壁紙や天井の彫刻、重厚な雰囲気漂う調度品等から、ここが相当な富裕層の邸宅だと解る。
きっと、どこぞの心優しきお金持ちに助けられたのだろう。足のつく水路で溺れて意識をなくすという恥を、取り敢えずは悪友達に知られずに済みそうだと美保は胸を撫で下ろした。
しかし同時に、この田舎町にこのように豪奢な洋館が果たしてあっただろうかと首を捻る。美保の知る限り、町内は平均的な日本の住宅と田んぼが並んでいるだけなのだ。
「どおしゅっかなぁ……う?」
目が覚めたものの室内に家主らしき人の姿もなく、溜め息と共に口をついた自分の言葉に美保は耳を疑った。正しくは、その「声」に。
「あーあー、え、なんで!?」
変声期もとうに終え、美保なりに気に入っていた自称ハスキーボイスだったはずが、聞こえてくるのは小鳥のさえずりの如きエンジェルボイス。しかも呂律が上手く回らずに舌足らずだ。
「あ、あで? なんでええっ!」
美保は己の姿を見下ろして愕然とした。何かが、否、すべてが違った。一糸纏わぬあられもない姿だったのはさて置き、手も足も何もかもが小さく妙に白いのだ。
「なんだこでえええ!」
「うるせえっ」
「ふぎゃっ」
両の頬に手を当て、どこかのコメディ映画よろしく叫んでいた美保の頭にゲンコツが落ちた。
今の今まで、確かに誰も居なかった部屋に突如として現れたその人物に驚き、美保は痛みに涙を溜めた目で声もなく相手を見上げた。
「何だその目は? 誘ってんのか?」
「……」
男は寝台の脇に立ち、挑発するような目で美保を見下している。褐色の肌に黒い長髪、陰影の濃いその顔は、この部屋の様式ともまた違った雰囲気だ。
「ふぅーん。しかし化けたもんだな坊主」
「……?」
男は美保の顎を持ち上げると、品定めでもするようにジロジロと眺めた。
「……くくっ、ワケが解らねえって顔だ」
「わ、わかうわけないだおっ」
冴えないとはいえ十七歳の青春真っ只中だったはずが、今や十歳程の子供の姿に変わり果てている。これが自分の体とは思えないのだろう、美保は前を隠すこともしない。
「向こうでは冴えねえガキだったのになぁ。ま、中身は綺麗だった、てことでいいじゃねえか」
「むこお?」
漸く顎から手を離した男の言葉に、美保は首を傾げた。嫌な予感が脳裏を過る。
「俺の名は〇△×■。この世界の神だ」
「う?」
「無駄だ。俺の真名を人間如きが口にすることはできん」
「ふべんだね」
「人間は俺を万神アゼラムと呼んでいるな」
「あぜあむさん?」
「アゼラムだ」
「あぜあ、むう?」
「……まあいい。とにかく」
ニヤリと笑った自称神様に嫌な予感は更に強まり、美保は耳を塞ぎたくなった。
「ここはお前の住んでた世界じゃねえ」
「……」
どうかこれが夢でありますようにと、美保は目の前の人物とは違う神に祈るのだった。