GOD BREATH YOU
□Sacredness
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澄み渡る蒼天の空に突如広がった赤熱と咆哮。唸り荒振る陽炎の中で黒く醜い者達は逃げ惑い、執拗に迫る焔に焼かれて次々に墜ちていく。途切れぬ断末魔と黒煙は視界を覆い尽くしたが、それでも空は美しい蒼を湛えていた。
「こではいだない……こでは、いる?」
式典から数日後、美保は旅行鞄を前に頭を悩ませていた。三国巡礼の旅支度にと大きな箱型の皮鞄を与えられたのだが、中に何を詰めればいいのかが解らない。好きな物を入れていいとは言うものの、こちらの世界に美保の所有物など一つも無い。こんな時、嫌でも独りを感じてしまう。
「神子様、遊戯盤などいかがでしょう?」
「絵札もございますよ」
「本も沢山持って行きましょう」
「うーん」
神官達が嬉々として持ち寄る品々を振り分けながら、これから向かう未知の国々に思いを馳せてみる。
「どうかなさいましたか?」
「ん。あのさ、さんごくじゅんでーって、おうさまにあうんでしょ?」
「そうでございますねえ。各地の神殿を巡礼する……というのは名目上で、儀式に列席されない三王家の皆様の為に用意された行事と言っても過言はないのかもしれません」
「なんでこなかったの?」
「三大国の元首が揃って国を空けるとなると色々問題があるのでしょう。ご不安なようでしたら王子様方に色々お尋ねしてみるといいですよ」
「うん、そうする。まっくは? ちょうも、おちゅかい?」
儀式を終えて以来、マクエルベスは他用で美保の側を離れている事が多くなっていた。本人は大神官の調べものを手伝っているのだと言って、今日も朝食後から姿を見せていない。
「はい。大部屋でも何やら難しい顔で毎晩遅くまで机にかじりついております。一体何をしているのだか」
「へー」
玩具や本で埋められていく鞄を他人事のように眺めながら、美保は人一倍真面目で心優しき神官の体調を思った。
「一口にヴェセルメーテと言っても広いですからね、地方によって言葉や文化も異なります」
いつかの庭園で王子達は優雅にお茶を飲んでいた。美保から祖国について尋ねられたラサエルの、どうだと言わんばかりの態度がノハトには面白くない。
「ふーん。おうとって、どんなとこ?」
「王都ウォルドンは学問が盛んで、技術者が多く集まる都市です」
「主に軍事技術だけどなっ」
「のはと……ことばは? ちゅうじるの?」
「ヨシヤス! アルマダールの公用語はローマンド語なんだぜっ」
「ウォルドンの人々の多くはアルマダール語も使えますから大丈夫ですよ」
「ローマンド語だっ」
「ははは、まあまあ」
ハラハラと見つめる神官達を知ってか知らずか、シェラがやる気なさそうに宥めている。
「じゃあ、ろーまんどは?」
「おう。ローマンドは鉱山と砂漠の国だな」
「そうそう砂だらけだ」
「なんだとっ」
小さくうそぶいたラサエルにノハトが早速噛みついた。美保を放って、互いの国の欠点をあげ連ね罵り合う。
「さばく! すげー」
「資源が豊富で貿易が盛んな国だね。お蔭で我がプレグスにもローマンド語を使える人間が沢山いるんだよ」
「へー」
既に見慣れてしまった二人の言い争いを無視して、美保はシェラの話に耳を傾けた。
「帝都はガムジェスといって、メルデからは一番近いはずだよ」
「そっか。ぷでぐすは? どんなくに?」
「うーん、どちらかと言えば地味かな。風光明媚な土地だね。王都のパリンスパは水上都市とか、芸術の都なんて呼ばれているよ」
「げーじつかー。なんかかっけーな」
「ふふ。……神子様、兄様には気をつけて」
「え?」
「貴様もういっぺん言ってみろ!」
「うわっ!?」
ラサエルが勢いよく立ち上がると、洋唐草柄の繊細な茶器が派手な音をたててひっくり返った。
「武器があってもヴェセルメーテの軟弱兵じゃ宝の持ち腐れだっ」
「このっ!」
「ラサエル様!」
「ああもう、おかしがびしゃびしゃ」
「ノハト太子! お止めくださいシェラ様」
「はいはい。やめようね二人ともー」
とうとう始まった取っ組み合いを治めることで、茶会は終了した。