GOD BREATH YOU
□Feeling
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「ワントン様、お顔の色が」
フラフラと部屋から出てきたワントンに、キャヤが走り寄った。
「おおキャヤ、可愛いキャヤ。くそうっ、こんなことがあって良いのか」
両手をキャヤの頬に当て、ホロホロと涙を流すワントンをキャヤは訳がわからずに見上げている。
「ワントン様?」
「すまぬキャヤ。どこで会うたかは知らんが、閣下はお前を見初められたようだ」
「そんなっ……でも、それは」
「キャヤ・ドゥーラ、入りなさい」
「行きなさいキャヤ。大丈夫、お前なら大切にしてもらえるよ……」
「ワントン様!? 嫌ですワントン様!」
「なにをしている。急ぎなさい!」
近衛兵の強い声に、キャヤは仕方なく部屋に入った。
「キャヤ・ドゥーラだな」
部屋に入ると、ビショウは椅子ではなく大きな執務机のこちら側に腰を下ろしていた。目の前の椅子に座るように促され、キャヤは怖ず怖ずとそれに腰掛けた。
「は、はい。そうです」
「顔を上げろ」
「……」
顔を上げたキャラの両目に、目を細めて見下ろすビショウの姿が映る。薄く化粧を施した顔は、後宮の妾妃達にも負けない艶があった。
「ふむ。生粋のマジャール人か?」
「はい」
「ワントンの秘書官と聞いているが、手当は幾らだ?」
「月に四十リントをいただいております」
「ほう、それはマジャールでは高給取りなのか?」
「いいえ、特には……ですが、砂漠の旅に付き合わせるからと、色々良くしていただいております」
「そうか。しかしなあ、嘘はいかんぞ」
ビショウの視線に負けて再び顔を俯けていたキャヤは、驚いて顔を上げた。ビショウの様子に変化は見られない。
「な、なんでございましょう?」
「立て」
「……ああっ、いけません閣下。おやめくださいまし」
服の裾を気にしながら立ち上がったキャヤを引き寄せ、ビショウは自分の体にピタリと押し付けた。顎を持ち上げて顔を近付ける。
「本当に美しい……」
覚悟を決めたキャヤが目を閉じたその瞬間、ビリビリと布の破れる音がした。
「っ!?」
「男にしておくには勿体ねえな」
キャヤの服は胸元から大きく引き裂かれ、なだらかな薄い胸が露出していた。慌てて距離を取ったキャヤは、余裕綽々で机に座ったままのビショウを睨む。
「……私をどうするおつもりですか」
「どうするかな。男とはいえ、こんな別嬪さんに手荒な真似はしたくねえしなあ」
ニヤニヤと鼻の下を長くしているビショウに、勝機を見つけたキャヤの黒い双眼が妖しく光る。
「その髪はカツラか? ちゃんと姿を見せろよ」
「はい、ビショウ様」
妖艶に微笑み、キャヤはカツラごとハラリとベールを取り去った。褐色の肌に短い黒髪が表れ、香しい芳香が部屋に漂う。
「体も見たい。上着をはだけて、その場で回れ」
「はあい」
殊更ゆっくりと裂けた上着を肩から外して焦らす様は、まるで如何わしい踊り子だった。男と判ってはいても、その色香に当てられたのか扉の前に立つ近衛兵の一人がゴクリと喉を鳴らす。
たっぷりとビショウを見つめた後、ふわりと視線を外したキャヤは見世物のように優雅に回り、華奢な背中を見せつけた。
「これは、堪らんなあ」
ビショウの反応に気を良くしたキャヤはクスクスと笑う。
「堪らなく滑稽だ」
「なっ!?」
ビショウに向き直ったキャヤが見た物は、眼前に突きつけられた剣の切っ先だった。ぶれることなくピタリと止まっているその切っ先は、下手な動きをすれば間違いなくキャヤの首を落とすだろう。
「……参りました」
観念したのか、キャヤは両手を上げてその場に座り込んだ。上半身裸で胡座をかき、先程までの濃厚な色香はどこかへ霧散している。
「こいつに間違いないか? アイク神官」
「は、はいいっ。この人がモルグンさんですっ」
「あ、あんた!?」
近衛兵の格好をしたアイクが、扉の前でヘナヘナと座り込んだ。アイクに気付いたキャヤは、悔しそうに唇を噛む。
「どうして俺だと判った?」
「なんとなく気になっただけだったが、ワントンを見て確信した。あんなチンケな野郎に低賃金で尽くす女など、この世にいる筈がねえ」
「……ああ、俺は人選を間違ったのか」
「神子様は何処ですか! 答えなさいっ」
ガックリと肩を落としたキャヤに、突如アイクが掴みかかった。しかし剣を突き付けているだけで、キャヤはまだ拘束されていない。
「おいよせっ」
「神子様は何処にっ……!?」
「捕まえた。子猫ちゃん」
アイクの首に、小さな仕込み剣が当てられていた。