GOD BREATH YOU

□Feeling
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「奴は十中八九、お前達の中に紛れ込んでいるはずだ。翠明門の封鎖だけを怪しまれない程度に緩めて誘い出せ」

 目抜き通りに通じる一番大きな城門がよく見渡せる物陰に陣取り、ビショウは次々と報告に来る兵達に指示を飛ばしていた。城外は閉め出された宮廷従事者や、何も知らない野次馬でごった返している。

「……あ」

 持ち場に下がる近衛兵を見届けていると、入れ替わりに近付いてきたドノヴァンがビショウの隣に立った。滞在中の神子を心配してのことだろうか、城壁の外で自然発生的に始まった聖典の暗唱に、黙して耳を傾けている。

「アイク神官のことは、申し訳ない」

「いや、彼のせいで犯人を取り逃がしたのは事実だ。謝る必要はない。酷く思い詰めていたようだが、怪我もなかったしな」

「出来れば直に話を聞きたいんだが」

「……」

「そっか」

 返事を返さないドノヴァンの厳しい横顔に、ビショウはボリボリと頭を掻いた。一晩中、未確認の情報を掬い上げては真偽を確かめる不毛な作業を繰り返していたビショウの顔には、疲労の色が濃い。

「マナート大臣が、アイクに接触したそうだな」

「ああ」

 会話をしながらも、ビショウは近衛兵達の動きに目を光らせている。

「やはり、あの男が絡んでいるのか?」

「裏で手引きしたのは間違いないだろうな。俺を陥れる為に神子を、それもあんな子供を誘拐するなんざ、呆れるぜまったく」

「タラント陛下はご存知なのか?」

「あー……、いや。余り心痛を与えたくなくてな」

 珍しく歯切れの悪いビショウの態度で、タラントの病状が思わしくないことが窺えた。

「……ビショウ」

「うん?」

「神子を害そうとした者が、どうなるかを知っているか?」

「ああ、落雷で大勢が死にましたってやつか?」

 唐突な話題に、思わずドノヴァンの顔を見た。鮮やかな二つの空色が、ビショウを力強く捉えている。

「子供だましの物語だと思っている者も多いが、あれは真実だ」

「は……じゃあ、街が一つ焼失したってのも?」

「……」

「おいおい嘘だろ。そんなとばっちりで民を犠牲にして堪るかよ! クソッ、早く戻ってこいヨシヤス……」

 ピィーローと、もの悲しげに鳴く鷹が舞う暁光の空を、ビショウは苦し気に仰いだ。

 人の好い異母兄を守る為に、帝位も伴侶を持つことも諦めた。徐々に偏執していく父を断罪したあの日、国の為に生きることを自らに強く課した。

「冗談じゃねえぞ……」

 人々の聖典暗唱の声は、少しずつ大きくなっている。

「おい何処へ行くっ、止まれ!」

 建物の周りを警備していた歩哨の怒鳴り声で、正門を固める近衛兵達が一斉に振り向いた。翠明宮の窓の下で二人の神官と複数の兵士が揉み合っているのが見える。

「今外へ出てはならんっ、戻るんだ!」

「お願いです通してくだせえっ」

「アイクか?」

「おい、その者達を通せっ」

 ビショウの一声で解放されたアイクは、マクエルベスに支えられるようにして二人の前に立った。

「まだ薬が効いているはずだろう。大丈夫なのか? 護衛はどうした」

 薬で眠らせた筈のアイクが、護衛も付けずに出歩いていることをドノヴァンが咎める。

「申し訳ございません。アイク神官がどうしてもビショウ閣下にお話があると申しまして、護衛の方の目を盗んで参りました」

 ビショウの鋭利な視線から、自分より少し背の低いアイクをマクエルベスが庇う。

「逃げた男に関することか?」

「それは、……はい」

「言ってみろ」

「……彼は、あの人は、捕まったら処刑されるのでごぜえますか?」

 両手を胸の前に重ね、アイクは必死に声を出した。弱々しく掠れた声音に、ドノヴァンは顔を逸らし眉をひそめた。

「当然だ。神子を拐かした罪は死をもって償わせる」

「ですが、彼の役割は私を廊下へ足止めすることだけで、神子様が何処へ連れて行かれたかも知らないのです。もしも、彼が自ら名乗り出るのであれば、刑は軽くなるでしょうか」

「庇い立てするか。情が移ったな」

 痛々しいほどのアイクの訴えにも、ビショウは眉ひとつ動かさない。

「そのようなことはぜえませんっ。私は二度と彼に会わないと神に誓いますっ。ですから……っ!?」

 アイクの見上げていたビショウの背後、紫明宮の二階の窓で何かが光った。薄く開いた窓の隙間から、ゆっくりと覗く人の手と鋼の矢尻。

「あ……あ」

「アイク神官?」

 何事かとこちらを見ている近衛兵達の中で、一人だけ持ち場から離れようとする者に、それは静かに向けられていた。

「おいお前、持ち場を離れるなよ」

「門の外に怪しい者がいる」

「なに!? どこだっ」

 ゆらゆらと目標を定めていた銀色の矢尻が、ピタリと動きを止める。

「ダ……メ。ルメール! 逃げてえええええええ!!!」

「っ!?」

 アイクの叫びと、一本の矢が音もなく放たれるのは同時だった。

 
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