GOD BREATH YOU

□Feeling
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「この者に相違ないのだな?」

「はい……間違いございません。城内に内通していた者の紹介もありましたが、私が直接協力を持ちかけました」

 息苦しい程の湿気で満ちた地下牢の一室で、厳しいイルの詮議にも表情を変えることなく、メノワは隣の牢で痛々しく顔を腫らせた男の横顔を見つめていた。神子の言葉で覚悟を決めたのか、潔く裁きを受け入れるつもりでいるらしい。

「……あの神官にルメールと呼ばれていたようだが、それがお前の本名か?」

 縄で縛られたまま床に転がされた男に、牢の外からイルの鋭い視線が下ろされる。

「……」

「縄を解け」

「はっ」

 イルの部下が黙する男の縄を解いた。男がゆっくりと体を起こすと、部下は再び牢の外へ出る。

「……知らねえよ。旅一座の親父に付けられた名だ。野郎、女の名前なんか付けやがって」

「おい貴様、口の効き方に気を付けろ」

 反抗的な男の態度に、部下の一人が噛みついた。

「構わん。では、ルメールと呼ばせてもらうが、イジャーラ出身というのは確かか?」

「たぶんな」

「……孤児か」

「珍しいもんでもねえだろ? 奴隷から買ったらしい」

「ならば我々と似たようなものだな」

「はあ?」

 思いがけないイルの発言にルメールの顔が歪む。

「イル様! そのような話を罪人にせずとも……」

「ここにいる者は私を含め、皆孤児だった。私など、先代の皇帝陛下に奴隷として嬲り殺されるところを、まだ幼かったビショウ将軍に救われたのだ」

「……あの将軍が、奴隷を助けた?」

「お前知らんのか。奴隷制を廃止したのはビショウ将軍だぞ?」

「……」

 私兵達の呆れた視線に、ルメールは黙りこむ。

「将軍は噂されるような悪逆なお方ではない。思慮に長けた、愛情深い人物だ」

 揃って信じられないという顔をする牢の中の二人に、イルは愉快そうに目を細めた。

「確かに反抗する者には容赦がない。非情に切り捨てる恐ろしい方だ。だが一度その懐の深遠を覗いてしまえば、皆があの子について行くことになる。こやつ等のようにな」

「イル様っ」

 天下の将軍様を「あの子」と呼べるイルの豪胆ぶりに、部下達は苦笑する他はない。

「はは、さて。私はあの子の所へ行くよ。また暴れて備品を壊されては溜まらんからな。後の聴取はお前達でやれるだろう」

「はっ」

「ああそうだ。万が一にも、逃げようなどと考えるなよ? ここは湖の真下だ。下手な事をすれば、一瞬で水の棺桶になる」

 縮み上がる二人に恐ろしい笑みを残し、イルは地下牢を後にした。







「あいくは? まだおちない?」

 ジョーンズの手当てを終え、部屋に戻ったマクエルベスの足下に美保は飛び付いた。部屋に押し込められて動きの取れない美保は、不安と不満を隠さない。

「様子を見てまいりましたが、薬で深く眠っているようです。アイクの話を聞きたいのは山々ですが、明日の朝までゆっくり寝かせてあげましょう」

「……うん」

「どうかされましたか?」

「だいじょおぶだよって、はやくいってあげたいなーって」

「……神子様は、なにかご存知なのでございますか?」

「せーでーがねー、あいくが、ないてるって。こどもみたいに」

「神子様……」

「おし! おで、ちょーは、あいくといっしょにねる!」

「っ?! ……いけませんっ」

 突拍子もない提案に、マクエルベスは厳しい顔で「めっ」をするのだった。







「愚か者の下で働くのは、さぞ苦労が絶えんのだろうなあロメスよ」

「……ええ、まあ」

 全身の打撲と肋骨骨折、左肩には血の滲む包帯を巻かれて寝台に横たわるロメスを、ビショウが見下ろしていた。不精髭は綺麗に剃られ、さっぱりした様子で腕を組んでいる。

「お前の優秀さは知っている。高等院を卒業したら俺の私兵にと狙っていた所を、マナートの阿呆に横取りされたんだ」

「それは……、もっと早く知りたかった話でございますね」

 思いがけない言葉に、ロメスは溜め息と同時に目を閉じた。

「何故卒業まで待たなかった?」

「父が病に倒れまして、学費を払っていくことが困難になりました」

「ご両親は?」

「ヘトン地区の外れで、なんとか暮らしております」

「お前が投獄されたらどうなる?」

「……こんなことになる予感は常々しておりましたので、二人が天寿を全うするまでの生活費くらいは、蓄えてございます」

 苦痛を隠して薄く頬笑むロメスに、ビショウは苦い顔を向ける。

「高給を取っても遊びもせず、堅物と呼ばれていたのはその為か」

「……どんな人物の下であれ、私のような田舎者が城で働くことのできる喜びを、閣下には決してご理解いただけないでしょう」

「ふん……」

「私は大罪を犯しました。自身でそうと決めて、望んで行動致しましたこと。どうぞ情けなど、お示しにならぬよう」

「けっ、今更いい子ぶるなよロメス。お前が人殺しにならずに済んだのは偶々だ」

「はい」

「これからお前の詮議が始まる。偽りなく述べろよ」

「承知致しました」

「……くそっ、どいつもこいつも」

「……?」

 激しく頭を掻きながら退室するビショウの背中を、ロメスは不思議そうに目で追うのだった。

 
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