GOD BREATH YOU

□Feeling
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「で、何がどう誤解なのだ?」

 ローマンド料理の匂いを嗅げば死人も溜まらず目を覚ます。そんなことわざがある。目の前で美保の食べっぷりを見れば、誰でもその言葉に納得するだろう。

 朝食の席でドノヴァンが口を開くと、何故か朝から同席しているビショウも返事を促すように頷いた。

「むん? へーえーあいっほいいうおい、いえーなおおあうえっふ」

「いや、飲み込んでからにしなさい」

 香辛料たっぷりの肉と果物の煮込み料理がとにかく後を引くようで、鼻息も荒く小さい口一杯に欲張って頬張っている。

「んぐ……。あのね、みんなゆうかいっていうけどさ。ほんとはちがうんだよ」

 そう言うと、美保はお茶を一気に飲み干し息を吐いた。すぐさまマクエルベスが新しいお茶を用意する。

「おでが、おこしてもおちなかったかだ、はなしをちいてもだうために、しかたなくちゅでてったんだって」

「それを誘拐と言うんだ。俺にも茶をくれ」

 ビショウの瞼が半分閉じる。

「ふんー。そこまでおいちゅめたほうも、わるいとおもいますけどっ」

「はあ? 俺が悪いのかよ?」

「すくなくとも、はなしをちいてあげるべちだったでしょ。うえにたちゅひとなんだかだ」

「……チッ、坊主の説教に貸す耳なんざ持ってねえ。俺は忙しい」

「……」

 とても大神官を前にして言える台詞ではない。そんなビショウの姿が、ドノヴァンを坊や扱いしていた何処かの神様と重なった。

「しかしなヨシュアス。どのような大義があろうと、ガムジェスを危険に晒したことに変わりはないのだぞ?」

「だかだ、そこだよ! ほんとーにちけんがあっただ、せーでーがだまってるわけないじゃんか!」

(黙ってないぞー)

(ぞー)

(ぞーですー)

 食卓の上で好き勝手に遊んでいた精霊達が、自分達の話題に声をあげる。

「ま、まあ……それはそうだが」

「理由なんざ知るか。すべては結果だ。連中は城内に不法に侵入し、神子を無断で連れ出した。俺には上に立つ者として、罪人を裁く責任がある」

 押され始めた大神官にビショウが嫌み混じりに助け船を出すと、美保は口を尖らせた。

「ちょっとは、おまけしてあげてっていってんの!」

「無理だな。上に立つ者として、他国に弱みを見せる訳にはいかねえ」

「びすのいぢわる! とにかくっ、おでは、あいくのこいをおうえんしゅるんだかだ!」

 ガシャン!

 部屋の隅で目立たぬよう小さくなっていたアイクが、持っていた盆をひっくり返した。

「……チビお前、なんでそんな事まで知ってるんだ?」

 床に散らばった布巾や匙を慌てて拾い集めるアイクを無言で一瞥したビショウが、怪訝な顔で美保を見る。ドノヴァンやマクエルベスも同様に驚いた顔をしている。

「みこは、なんでもしっている」

「……ま、神官の処分はアンタらの好きにしろ。だが、あの男は別だ。俺のやり方でやらせてもらう。……口出しするなよ?」

「いてっ」

 アイクの手が震えているのを横目に、得意気な美保の額を指で弾くとビショウは部屋を出ていった。










「あなたがヨシュアスね!」

 ダーランダ老人の部屋を訪ねる美保の前に、気の強そうな女の子が立った。大人びたローマンド服を身に纏った彼女は美保よりほんの少し背が高く、乳母なのか高齢の侍女を一人従えている。

「許しもなく神子の前に立つのは何者ですか! 子供といえど不敬は許されません。低頭して名を名乗りなさい」

 高飛車な少女の態度にポカンとしている神官達の中で、マクエルベスだけが神子を庇うよう毅然と前に進み出た。険しい顔で彼女を見下ろしている。

「主が神子様に大変なご無礼を致しまして、申し訳ございません。お嬢様、大人のご挨拶をなさいませ」

 深々と低頭する老いた侍女に促された少女は、マクエルベスに睨まれながら尚も胸を反らせて口を開いた。

「わ、私はカンナよ。ビショウ様の婚約者なの」

「こんやくしゃあ?」

 思わぬ人物の登場に、美保がマクエルベスの背後から顔を出す。マクエルベスの厳しい視線をも跳ね返す少女の勢いに、紫の瞳をパチクリさせている。

「お嬢様。嘘を申してはいけませんよ」

「嘘じゃないわ! お嫁さんにしてくれるって、ビショウ様は確かにおっしゃったもの!」

「お嬢様が何日も何日も執拗にお忙しい将軍様のもとに参上して、無理矢理閣下のお首を縦に振らせたアレのことでございますか」

「う……そうよ! でも約束は約束よ!」

「……」

 お嬢様と侍女の会話から何となく事情を察した美保は、ビショウの苦労を思うのだった。

 
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